おどりとわたし 3(ずぶの学校新聞8月号所収)

 最近、踊りを普段しない人と一緒に踊ったり、所謂「ダンス公演」を観た事のない人に向けて作品をつくったりする事が増えてきた。だいたい普段ダンスを劇場で見る人の人口なんてたかが知れている。私も、大学で演劇を専攻していなければ一生観る事がなかっただろうと思う。しかしなぜ普段踊らない人に向けて、私は踊りを伝えているのだろうか。


 よく「なぜ踊るのですか?」という質問をよく受けるし、私もよく考える。さっと思いつくのは「楽しい」し、事実「好き」だからなのだが、それだけではないことは確かだ。私たちは「何のために」踊って「誰のために」踊っているのだろうか。レッスンやフィットネスで踊っていると「自分のため」、発表会のためだと「観に来てくれる親や友人のため」、作品を発表するときは「観客のため」…?いや。「自分のため」でもあるし「社会のため」かもしれない。


 踊りはもともと、繁殖や繁栄(伴侶を見つけたり豊作を祈ったり)のために始まったものだと思うのだが、現代だとピンとこないと思っていた。でもクラブで踊ってそしてあわよくばパートナーをゲットしようとしたりする(それだけじゃないけど)となるとわかりやすい気がする。動物はつがいを見つけるために踊る。魅力的な踊りをするオスのもとにメスが集まる。踊りのルーツはとてもシンプルで原初的な欲求からだ。


 私が踊る理由はそういうところにはないと思っていたけれど(クラブが苦手だし)、動物的な本能が行動原理であると考えると、納得がいくことも多々ある。「なぜその動きをしたのか?」「なぜそのリズムが魅力的なのか?」「なぜこの動きを面白いと思ったか?」その一つ一つの問いは愚問なのかもしれない。本能が突き動かすことがあるのだから。


 町に流れる音楽を聴いて身体が揺れていたりはしないか?歩いているときのリズムは、毎日同じか?それは、気持ちいいリズムではないのか?無意識に動いている身体を見つめ直し、それが「踊り」だと気付いてもらうことが、私の「踊り」に対する役割だと思っている。