ずぶの学校新聞 no.19(2016.11 霜月)

 

 

 ~私のロマン主義~

 

 

小学四年生のときの文集に、「将来の夢」の項目があり「作家」と書いてあった。その他自己紹介カード(友達内で交換するのが流行った)には「イラストレーター」とある。六年生のときには、誰やらに「学校の先生は?」と聞かれ、うーん、それはないな……と思った記憶がある。あれ?

 

自ら、ひとりでに夢を持つのはいい。けれども私は昔から、大人に「将来の夢」を聞かれるのが嫌いだった。今思えば、何かに「なる」ことを前提に語りかけられることに違和感を覚えたのかもしれない。「しっかり何者かになって税金を納めて社会を(我々を)支えてね、よろしく頼むよ」という無言のメッセージを感じとっていたのかもしれない。いや、それほどのうがった見方を当時からしていただろうか、ただ単に先のことが考えられない性格なだけかな? とある高校では入学すると全員が一人ずつ体育館の舞台で「将来の夢」を学年全体に演説するという儀式があると耳にした。恐ろしい。自分がその高校にいなくてよかった。

 

早急に何かに「なる」ように、将来のビジョンを持つように、ひとに強いるのは人権侵害ではないのかなと思う。そうではなくて今「ある」そのひとについて聴くことの方がすてきではないかな。「何に興味があるか?」「最近読んだ本」「考えたこと」などなど。あるいは「(今)何に熱中しているか?」「(次は)何をしたいか?」というのも楽しい。とはいえ楽しいのは私だけなのだが。なんにせよ、選択肢の中から選ばされただけの行く末を、問うたりするよりはましだと思っている。

 

大人になってみて(ここは「なった」ということにしよう)、どこにいてもいまいち何にもなりきれないで、ぽつねんとたたずむ自分を発見する。教室で前に立ち始めた当初こそ「先生になったんだ!」という気負いがあったものの、年々歳々減退して、今では「先生」というのは、生徒が礼儀として呼んでくれるもの(敬語)にすぎず、自ら名乗るものではないと弱々しく結論づけるに至った。

 

この「将来の夢」なるものには「どうやって生計を立てていくのか」という意味が十二分に内包されている模様であり(特に学年が上がるにつれ。昔はウルトラマンとかも可だったのに)、その意味で「教師になった」私にとって、遠く憧れの職業であるイラストレーターの方とお話していると、「私にとって、イラストレーターは夢ではなく『現実』でしたから」とおっしゃっていて、胸に響いたのであった。将来の『現実』……それが私にとっては教師だったんだな。しっくり。

  

そんなひねた私が中学三年生のとき、やはり将来の夢(=職業)の調査(調査っていうことばにもセンスが感じられない)があった。内心どうでもいいと思っていた私だが、ここは大喜利のつもりで答えてみるのも一興と考えた。(そういう癖がある。)すでにぬいぐるみを作るのが好きだったので「着ぐるみ」と書いてみた。(どういう意味?)そして得意になって、隣の席の「おじ」に話をふった。「おじ」はダウンタウンの松ちゃんに私淑しており、日夜ビデオ(たぶんまだビデオだった)を見ては飽くなき研究を重ねていて、笑いに精通した女の子だった。絵も上手で、おじの四コマ漫画はこてこての関西弁でおもしろい。

 

「おじは将来何になるん?」すると間髪入れずに真顔で、「え? たこやき屋やで? 屋台すんねん。」と返ってきたので、一本とられた! と思わず手を叩いて喜んだのでした。しぶい! 今でも、たこやき屋を見かけるとおじを思い出して嬉しい気持ちになる。たこやき屋になる夢を語るおじのスピーチなら是非聴きたい。自由な夢を語る人間を、許す学校であれかし。

 

 

ぶん・あかまつみさき

(Be太郎! Beおじ! Be人間! 「になる」と「である」は同じ単語なんだった)