ずぶの学校 文集

ずぶの学校新聞 no.23(2017.3 弥生)

~アロハ進路相談~

 

おととし地域情報誌のお手伝いを始めてから、いろんなひとにお話を聴いて、文章にまとめるということを始めました。現在は地域情報誌は休刊しましたが、ずぶの学校校長のライフワークとしてこの活動は続けていきたいと思っています。そのひとの人柄が伝わるようなエピソードやお言葉(人生哲学)を記事にするのは楽しい。私は「ライター」としてではなく、「自分」のままで自分が感動したことを中心に書いていきたいと思っています。これは、「どんな人からでも学ぶことがある」という私の考えをかたちにできるものの一つではないかと思い当たるようになったのである! おや?

 

インタビューをするときは、だいたい過去・現在・未来の順に質問しているのですが、二月に高校受験に向けた小論文の相談に乗っていた時に気が付いた。あ、私は小論文でも、インタビューで訊くことと同じことを訊いてる。それを自分で書けるようにするんだ……。そりゃそうか。面接で訊かれるのも書かされるのも、そのひとが今までどう生きてきたか、そして現在どうしたいと考えているか、将来の展望。その表現のしかた、その言葉こそが、その人の人柄だものな。

 

そこにきて、ようやく私がなんとなくしてきたことと、これからしたいことがぴーんとつながった気がしました。私は学校でとりあえずする模試の偏差値を基準にした学校選びには反対。出された選択肢の中から選ぶのではないと思う。やはり自分がなんとなくしてきたことを、自分の言葉で一度振り返ることが必要だ。過去を思い出して、具体的に表現することでより現在の自分の考えが確かなものとなり、力強い次なる一歩が踏み出せるようになるのだ。

 

「自分を語る、自分の言葉を持てるようにすること」が、私の考える「進路指導」だった。私ができるのは相手の鏡になって問いかけることだった。受験というイニシエーション(通過儀礼)の本来の意味だと思う。これは、受験や就職活動に限ったことではないのかもしれない。むしろ、その先の時間の方が長い。いつになっても、どう進むのか迷うことはたくさんあるだろう。私も(が?)。

 

二月、アロハシャツを人生で始めて着ました。似合うんじゃないかと言われて、自分でも似合う気がしました。急に着たいと思いました。なんで今までスルーしてきたんだろうとさえ……。

あわててアロハの意味を調べてみると、

「アロハとは生きて行く過程、お互いに愛情と敬意を持つ気持ちを現す言葉です。※」とあって、これだ! と思いました。

上意下達感のある、お堅い学校用語「進路指導」を、南国ムードでカジュアルダウンし、数字による窮屈な人生設計ではなく、もっとゆるくのんびりといこう、というおおらかな愛をこめられるように「アロハ進路相談」と名付けました。自分の気持ちにぴったりで、お気に入りさ。木曜17時から宝塚清荒神のテラコでやっています。

 

アロハとは言われていない事を学び、見えない事を見、知ることが出来ないことを知ることですリリウオカラニ女王

(※http://www.to-hawaii.com/jp/alohanoimi.php

 

 

ぶん・あかまつみさき

 (普通の作文は「イロハ進路相談」? それでもやっぱり進路)

 

 

 

 

 

ずぶの学校新聞 no.22(2017.2 如月)

~ずぶのしろうとであること2 文学フリマ編~

 

 

授業中「恋と愛の違いって何?」と生徒に聞かれ、とっさに「アマチュアとプロみたいなもんちゃう?」と口走ったのは、ずっと「ずぶ」について考えていたからだった。お得意のこじつけでいえば、確かにそうといえなくはない。一時でも燃え上がる恋の気持ち(熱意)はアマチュアの心境によく似ている気がする。好きでたまらない、未熟で不器用で人間くさい、損をしたってする一回きりの賭け。プロは、もっと確実だ。継続によって黙々と技術を磨き、完成度の高い作品(結果)を残す。生き残るため、継続するためには、損はできないし、相手の出方で一喜一憂してばかりもいられない、孤独でゆるぎない意志。それは永遠に目標かもしれない。

 

一月に、和亀を携えて「文学フリマ京都」に出店した。会場内の熱気はすさまじかった。文学を愛する思いは、出店者もお客さんも同じ。お客さんの積極性は、学ぶ気満々の生徒のようで、こちらにもどんどんエネルギーがみなぎってくる。みなブラザー!

 

いつにないことだと思った。与えるもの、与えられるものの構図がはっきりしているショッピングモールや百貨店とは違う。快適で便利でわかりやすく用意された環境で、与えられるものは受け身で流されるままに買ってしまう。それが当たり前になってくると、与えられるものは何の苦労もなしに、その環境が整っていないと文句をいうようになるのである。お金を支払う側は相手にプロ(完璧)であることを強い、お金を受け取る側はプロであることを自分に強いるのである。しんどい。

 

文学フリマでは、与えるものも与えられるものも、どちらも媚びないし、嘘をつかないし、真剣だ。自分の好きなものを売り、自分の好きなものを買う。あるいは熱意を売り、熱意を買うともいえる。お金を支払う側も相手にプロであることを強いないし、お金を受け取る側もプロであることを自分に強いない。自由で寛容な社会。ここでは双方がずぶでありながら、双方が積極的に社会に参加している。プロから与えられるのを待っているずぶはいない。待っていても何も見つからない。変わらない。ひとりひとりが考え、選択し行動している。あふれる「ずぶ力」をひしひしと感じる。民主主義社会だ。

 

教室もそうあってほしいのだが。今はやりの(?)教員アンケートが許せない。いや、高校生のときにやらされたときから、私は憤っていた。

 

生徒が教員をひとりずつ評価するのである。しかも質問がむなしい。「声は大きく、聴きとりやすいか」「説明はわかりやすいか」誰が考えたんだろう。声が大きく、説明がわかりやすいのがいい授業だという安易な考えを生徒に植え付けてしまうじゃないか。教員なら完璧である「べきだ」、教員なら生徒の役に立つ「べきだ」。いい授業かどうか、何を受け取るかは生徒の自発性によるし、個人的なことで、ひとりひとり違う。そして、それはすぐにわかるものでもない、十年、二十年、三十年、それ以上……かかるかもしれない。

 

そのようなことをさせる(生徒はやらされている)ことによって、生徒はますますお客さん化し、教員はますます店員化する。教員同士もお互いを数字でジャッジしあい、競争させられるように仕向けられる。

 

先生は好きなことを話し、生徒は好きなことを聴き取ればいい。何か困ったことやおかしいと思うことがあるなら、先生に直接聞けばいいし、先生は直接生徒に応えればいい。そういうリスクや苦労をともなう行動を自分で取れないなら、文句は言えないだろう。

 

そもそもアンケートをしないと生徒のことがわからないなんて、数字にしないとわからないなんてダサすぎる。(しかも生徒だって適当に書いている数字なのに、それを信じるのか?)それが教員のプロの世界なんだろうか。

 

 

 

ぶん・あかまつみさき

(五月に文学フリマ東京に出ます!東京進出!遊びに行きたいだけ!)

 

 

ずぶの学校新聞 no.21(2017.1睦月)

 

~ずぶのしろうとであるということ 1 学芸会編~

 

 

ずぶの学校の「ずぶの」ということばは、お察しの通り「ずぶのしろうと」からとっている。『日本語俗語辞書』(zokugo-dict.com)によると、ずぶの素人の『ずぶ』とは「全く」「まるっきり」といった意味で、ずぶの素人とはまったくの未経験者やまったくの部外者を意味する。主にそういったひとを侮蔑する際や、自分が素人であることを強調、自嘲する際に用いる、とのことだが、私は「ずぶ」ということばを「しろうと(アマチュア)」という意味の象徴として、自負、抱負の意味を込めて使っている。

 

昨年末に「学芸会」を開き、リコーダーを吹き、人形劇をした。これはただただ私の「ずぶ力」をいかんなく発揮するばかりの時間となった。かの岡本太郎氏の「他人が笑おうが笑うまいが、自分で自分の歌を歌えばいいんだよ。なんでも平気でやるべきだ」との教えを体現したかったのだ。行動で示してみたかったのだ。「平気で」これはなかなかに難しいことだぞ。こどもならば許されても、おとなならば……などと、すぐに言い訳がましく、卑屈になってしまう。何か、誰かに怒られるんじゃないか、笑われるんじゃんないか、と不安になってしまう。違う、上手い下手ではなく、怒られる、笑われるではなく、自分が自分のままであることを楽しむのだ。ジャイアンリサイタルなのだ。

 

終わってから、私はこういうかたちで、まちや芸術、教育に関わっていきたいという思いが強くなった。まちのおとぼけ余談集「ずぶぬれ」も同様に、私の美術的「ずぶ力」を発露する場所なのである。(ずぶぬれのもくろみは前月の文章を参照してください。)

 

 毎日毎日教壇にずっと立って暮らすことの危うさは、教師がプロ、その教室での絶対的な権威だと勘違いすることで、教室が思考停止に陥ることである。だから私は、教壇に居続けることはできないし、居続けたくないのである。私は私のままで立つ。授業はいつまでたってもゆるぐだやなと我ながら驚くが、それが私。思考する教室は、いらんことも言うし、文句も飛んでくるし、鋭くささる指摘もされる。しんどい。同時に、教師は同じことを生徒にすることもできる。お互い様だ。お互いが、お互いのことばを聴く気になれるのが民主的な教室だと思う。はたから見れば学級崩壊と映ったとしても、内実はお互いがよくわかっているものである。先生も、生徒も自由に、これからともに教室を作っていく仲間なのだ。

 

「わたしは何よりアマチュアであることを鶴見(俊輔)から学んだ。鶴見は、たとえば哲学において最高の「プロ」であった。だが、そのことより、他のすべての分野でアマチュアであることの重要性を考え続けた人だった。アマチュアであることは、実は、個人であることでもある。ひとは、何かのプロになりうるが、最終的には、なにものにもなれないかもしれない。けれども、自分自身にはなることができるのだ。

あらゆるジャンルを、専門家の「罠」にはまることなく、最高のアマチュアとして駆け抜けた鶴見は、そのことで、自分であることを貫いた。プロにもアマチュアにもなりきれないわたしにとって、鶴見は、まぶしい存在だった。そして「民主主義」はアマチュアのものである、という考えを、私はその鶴見から受け継いだように思う。」(高橋源一郎『丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ2』まえがきより)

 

私はずぶのままで立つ。一市民として立つ。ワークとライフのはざまに立つ。

生徒も、まちのひとも、ずぶでもいてよく、ずぶでも発言してよく、ずぶでもものを創ってよく、というより、ずぶの「私」こそが考えるべきだ、行動するべきだ、と思ってほしいからだ。自分で考え、行動するようになり、自分が周囲から尊重されるようになれば自信と責任感が生まれ、異なる立場や意見の相手も尊重できるようになり、心ないことばを口にすることは自然となくなっていくのではないだろうか。

 

ぶん あかまつみさき 

(遅ればせながらあけましておめでとうございます2017酉)

 

 

 

 

 

ずぶの学校新聞 no.20(2016.12 師走)

~教室(まち)の温度をあげる「余談」~

 

 

 ついに今月、ずぶの学校のフリーペーパー「ずぶぬれ」を刊行します。「まちのおとぼけ余談集」と銘打って、まちのひとに思い思いの四方山話をしていただこうと考えています。四方山話といっても、あたりさわりのない世間話ではなく、「自分の話」をしていただきたく思っております。

 

 教室が冷たく無味乾燥になるのは、先生が教科書を棒読みしている時間です。今まで何度も誰にでも話してきたことを機械的に読んでいると、教室の温度が下がっていきます。先生が楽しそうに自分に起こった出来事や、思ったことを正直にリアルに生徒に語りかけると、生徒の目は生きてきます。「余談」こそが、授業のいのちといっても過言ではないと思っています。(「余」というのは先生が体裁を保つためにつける謙譲語)生徒にしてみれば、「自分」に特別に話しかけられているという喜びなのかもしれません。そのとき、その場所にしかないもの、固有の関係性が生まれることが、教室で、ライブで授業をすることの最大の意味だと思っています。

 

 ずぶの学校は、まち(=社会)を教室と考えて活動しています。まちにどんなひとがいるか分からない状態では、みんな不安で家に閉じこもり鍵を閉めます。そんな中、ずぶの学校の先生は、勇敢な大人です。危険を覚悟の上で、率先して自分をさらけ出し、楽しいお話を聴かせてくれるひと。社会を担う一員としての当事者意識を持って前に立ってくれるひと。そんな先生たちが「ずぶぬれ」に集結し、まちをゆるく、にぎやかしてくれています。

 

 11月、人生初の占いをしてもらいました。結果の中に「社会と関わっていくことで幸せを得られる」という診断がありました。え?! 本当に?!と目からうろこでした。私は自分の社会性のなさがすでにアイデンティティになっていたのですが。よくよく考えてみると、思い当たる節がなきにしもあらず。(なんでも思い当たる癖あり……)

 

 私は「盲目的に郷に従う」ということが苦手なので、「郷」という意味の小さな社会にわけもなく従うのが嫌なのかもしれません。有無をいってしまうタイプで、世間知らずなためにあらゆることに懐疑的で、ややこしい人間です。いわゆる「中二病」?「空気が読めない」? いや、たとえ読めたとしても、疑問を持ったらあえて破ってしまいたくなります。それにしても、世間知らずって、どれほどのひとが世間を知っているというのだろう。知らないことを知ったかぶりするより、正直に知らないといえることの方が尊いと思います。がんばれ、坊ちゃん。

 

 世間や社会って、本当はもっと広いのではないかと思います。いろんなひとがいて、いろんな考えを持って暮らしている。それを見て、聴いて、学んで、自らを省みるという姿勢が、真の社会人には必要なのではないでしょうか。郷は社会の一部であって、全てではないと思うのです。とりわけ真の社会人であるべき、ひとの上に立つ人間にこそ、自分が立っている郷が全てではないことを認識し、柔軟な姿勢を持ち続けてほしいし、私もそうありたいと思います。

 

 ちなみに、私がずぶの学校を開いたきっかけの一つに、授業における自分の余談に限界を感じたということがあります。前に立つことを仕事にしているだけでは、話す内容が本から得た知識や記憶しかない……と感じました。生徒は学校の外のお話、その人の生き方に興味があるのです。

 

 学校外での経験を積みながら、余談の腕を磨いていきたく、また、そんな私の趣味にまちに住むみなさんを巻き込んでいきたく思っています。(占い通り!)そんな野心や志のある方には是非是非投稿していただきたく思います。こっそりと実は互いに切磋琢磨しているような、あそびのあるまちになればと願っております。

 

 

あかまつみさき

(願っていたことが実現しつつある11月でした。この調子!)

 

 

ずぶの学校新聞 no.19(2016.11.霜月)

 

 

 ~私のロマン主義~

 

 

小学四年生のときの文集に、「将来の夢」の項目があり「作家」と書いてあった。その他自己紹介カード(友達内で交換するのが流行った)には「イラストレーター」とある。六年生のときには、誰やらに「学校の先生は?」と聞かれ、うーん、それはないな……と思った記憶がある。あれ?

 

自ら、ひとりでに夢を持つのはいい。けれども私は昔から、大人に「将来の夢」を聞かれるのが嫌いだった。今思えば、何かに「なる」ことを前提に語りかけられることに違和感を覚えたのかもしれない。「しっかり何者かになって税金を納めて社会を(我々を)支えてね、よろしく頼むよ」という無言のメッセージを感じとっていたのかもしれない。いや、それほどのうがった見方を当時からしていただろうか、ただ単に先のことが考えられない性格なだけかな? とある高校では入学すると全員が一人ずつ体育館の舞台で「将来の夢」を学年全体に演説するという儀式があると耳にした。恐ろしい。自分がその高校にいなくてよかった。

 

早急に何かに「なる」ように、将来のビジョンを持つように、ひとに強いるのは人権侵害ではないのかなと思う。そうではなくて今「ある」そのひとについて聴くことの方がすてきではないかな。「何に興味があるか?」「最近読んだ本」「考えたこと」などなど。あるいは「(今)何に熱中しているか?」「(次は)何をしたいか?」というのも楽しい。とはいえ楽しいのは私だけなのだが。なんにせよ、選択肢の中から選ばされただけの行く末を、問うたりするよりはましだと思っている。

 

大人になってみて(ここは「なった」ということにしよう)、どこにいてもいまいち何にもなりきれないで、ぽつねんとたたずむ自分を発見する。教室で前に立ち始めた当初こそ「先生になったんだ!」という気負いがあったものの、年々歳々減退して、今では「先生」というのは、生徒が礼儀として呼んでくれるもの(敬語)にすぎず、自ら名乗るものではないと弱々しく結論づけるに至った。

 

この「将来の夢」なるものには「どうやって生計を立てていくのか」という意味が十二分に内包されている模様であり(特に学年が上がるにつれ。昔はウルトラマンとかも可だったのに)、その意味で「教師になった」私にとって、遠く憧れの職業であるイラストレーターの方とお話していると、「私にとって、イラストレーターは夢ではなく『現実』でしたから」とおっしゃっていて、胸に響いたのであった。将来の『現実』……それが私にとっては教師だったんだな。しっくり。

  

そんなひねた私が中学三年生のとき、やはり将来の夢(=職業)の調査(調査っていうことばにもセンスが感じられない)があった。内心どうでもいいと思っていた私だが、ここは大喜利のつもりで答えてみるのも一興と考えた。(そういう癖がある。)すでにぬいぐるみを作るのが好きだったので「着ぐるみ」と書いてみた。(どういう意味?)そして得意になって、隣の席の「おじ」に話をふった。「おじ」はダウンタウンの松ちゃんに私淑しており、日夜ビデオ(たぶんまだビデオだった)を見ては飽くなき研究を重ねていて、笑いに精通した女の子だった。絵も上手で、おじの四コマ漫画はこてこての関西弁でおもしろい。

 

「おじは将来何になるん?」すると間髪入れずに真顔で、「え? たこやき屋やで? 屋台すんねん。」と返ってきたので、一本とられた! と思わず手を叩いて喜んだのでした。しぶい! 今でも、たこやき屋を見かけるとおじを思い出して嬉しい気持ちになる。たこやき屋になる夢を語るおじのスピーチなら是非聴きたい。自由な夢を語る人間を、許す学校であれかし。

 

 

ぶん・あかまつみさき

(Be太郎! Beおじ! Be人間! 「になる」と「である」は同じ単語なんだった)