ウミ下着

中西ちさと・福井菜月によるパフォーマンスグループ。
五感に訴える身体表現をモットーに掲げる。演劇的手法を用いたドキュメンタリータッチの作風が特徴。
2011年横浜ダンスコレクションコンペティションⅡ本戦出場、2012年現代美術フェスティバル混浴温泉世界参加、
同年劇団衛星にダンサーとして参加。
主な作品に20代女性の孤独を描いた「あの娘の部屋に行こう」@神戸学院大学グリーンフェスティバル、
東日本大震災後の関西に住む若者の日常を描いた「ふるえるくちびる」@イロリムラ89a、
身近にいる変な人との交流を通して「普通」とは何かを問うた「お嬢さんの実験室」等がある。

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                                                                                                                                                                                                  Chisato Nakanishi  @uminishi

おどりとわたし8

 

 「ダンスを見る」ってことをもっと身近なものにしたいなと常々考えていた。

 

 そもそもほとんどのダンス公演ははじまるまでどんな公演なのかがわからない。演劇と違って明確にあらすじがあったり、役どころがあったりするわけではないので、幕が開けるまでどんな内容なのか想像しにくいことが見に行くハードルを上げているのだと思う。じゃあ見に行くまでに「見たい!」や「面白そう!」と思える仕掛けを作ったらいいんじゃないかな?と考えた。

 

 で、考えたのがインターネットラジオ。「ウミ下着のハッピーラッキーレディオダンス」という、ラジオ番組。

定期的に配信(月二回)して、自分たちの作品の情報や考えていること、創作の様子、ダンスの面白さについて語る場にした。ラジオを聞くことで公演のイメージを湧かせやすくしたり、ダンス自体の楽しみをシェアできたらと思った。

 

 

 私は年間わりとダンスを見る方なんだけど、ダンサーとしてじゃなく、一観客として勝手にオススメのダンス公演やワークショップ情報なんかもあげている。好みがあると思うから、なるべくいろんな公演を伝えられたらなと思っている。利害関係は全然ないです。あったら「宣伝して!って言われた」っていうようにします。

 

 

 今0回と1回がウェブ上に上がっているのだけど、少しだけどリスナーがいるみたいで嬉しい。これをきっかけに一人でも多くの人のダンスを見に行くことへのハードルが下がればいいなと思っている。

 

 

 ちなみに番組内で振り付けも行ったりしている。

 私が音楽の中踊って、相方の福井が解説して、リスナーの皆さんはどんなダンスができてるんだろう? 

 自分も動いてみてほしい。ラジオだから全然姿が見えないし、衣擦れの音しかきこえないから放送事故みたいなことになってるんだけど、わかりやすいだけじゃ面白くないでしょ? 

 

 

 ダンスのもつ、「よくわからないけど面白い!」みたいな企画が他にもできたらなと目論み中だ。

 バランスが大事だよね。

 

 

「ウミ下着のハッピーラッキーレディオダンス」は

サウンドクラウドにて01号公開中!

https://soundcloud.com/umishitagi/

 

 

 

 

 

おどりとわたし7

 

 よく「誰かわからなかった」とか「イメージが変わりましたね」と言われる。

 

顔の特徴があまりない顔をしているからかな?とか髪型が変わったからかな?と思っていた。知り合いに会っても自分から声をかけないと気づいてもらえなかったりする。寂しい。似顔絵も描きにくいと言われて、事実私の似顔絵はどれもあまり似ていない。

私に似ている人も数多く存在するらしく、「知り合いに似ていてね」とか「××さんに似ていますね」とかよく言われるのだけどどなたも対面したり写真みてもそこまで似ている訳じゃなく、反応に困ったりする。生身のものではないけれど、今まで似ていると言われて同意したのは横顔がスプーンの裏側みたいだねって言うのと不機嫌そうな顔がそっくりだといわれた奈良美智の描く女の子。あと最近はカワウソに似ているといわれてものすごく納得した。

 

たまに自分でも自分の顔がわからなくなるときがある。変なことを言っているようだが、本当に毎日顔が違うのだ。朝起きたときの顔が特にそうで、たまに「この顔は本当にわたしなのか?」と不安になるときがある。寝ている間に首をすげ替えられても、もしかしたら「あ、今日はまただいぶ顔が変わったな」なんて思ってそのまま過ごしてしまうかもしれない。

舞台にたつと「なんか印象が違ってたから10分くらい出ている事に気づかなかった」とか顔だけでなく「舞台ではもっと大きい人に見えた」とか「細くなりましたね?!」とかもよく言われる。身長も体重も変化がほぼないはずなのでおかしな話だ。

 

しかし何にでもなれるんだと思えば愉快だなと思った。ダンスでは特に何かの役柄を演じる事はないが、踊るものによって印象が変わったら嬉しいし、毎日違う顔の私に会うのもまあ嫌いではないのだ。明日はまた違う顔の私と出会える。

 

 

おどりとわたし6

  今年は沢山お芝居にでた。(といっても3つだけど)お芝居の世界は楽しい。もともと演劇部だったこともありダンスと同じくらい観に行くし、好きだ。しかし自分がやるとなるとまた別の話。


 1月に出演した「やぶのなか」では段取りというものに苦戦した。私たちダンサーは「振付」を踊る。振付と言うものと段取りというものは似ているようで似ていなくて、唐突にこのタイミングで刃物をだす!とか烏のお面をかぶる!とか色々な段取りがあったんですけど、直前の動きとか関係性がなく、決められた位置につくことだけ決まったりして、その軌跡がないことにしばしば戸惑った。しかしその段取りを「振付」のための道しるべだととらえると、なるほど納得。段取りまでの軌跡を自分でつくることが「振付」だなと発見する。台詞もト書きも振付だととらえたら気楽になってとたんにやり易くなった。全部ダンスなんだ。いや違う?

 

 そして5月にしたダンスコメディを経て、9月11月までヨーロッパ企画さんの全国ツアーに参加した。こんなに長い間一緒の演目をすることも、各地を回る事もなかったので驚きの連続でした。その中でも特に驚いたのが客席の反応がダイレクトにわかる事。コメディなので当たり前なのかもしれないけど、お客さんが笑う。でも大笑いが起きてなくてもいい感じの空気だったり、大受けしてるからといって良い芝居かというとそうでもなかったりして。笑い声は一概に目安にならないことも発見だった。


 ダンスだと基本的に反応がダイレクトにはわからないのだけど、たまたまこの後子供用のプログラムでダンス作品を発表してその時の子供達の反応が声を上げて笑ったりコメントしちゃったりしていて、「ダンスを見るとこんなに心をいろんな風に動かされてるんだな!」と改めて発見したりもしたのだった。(・・・この子供プログラムのことは又今度詳しく書きたい。)

 

 こんなに沢山お芝居をしたけど、結局踊りのことを考えている。それで良いのだと思う。寄り道して立ち止まって見渡して。いろんな世界を見て踊りたいよね。と思うのだった。

 

 

                              

おどりとわたし5

 ダンサーなので、健康についてよく考えてそうと言われます。まあ、期待を裏切る事なくイメージの通り、関心があります。というかちょっとしたマニアです。でも徹底して無農薬のものしか食べないとか、肉を一切食べないとか、そこまでストイックではありません。和食多めで季節のものを食べようとか、お勧めされて気になったものを試すとか、まあそんなもんです。よく「ナチュラルなものでないと!」って躍起になる人がいますけど、今日本で、都会で生きている限り不健康なものばかり溢れていますから、適当に気にして趣味半分で健康について考えたらいいんじゃないかなと私は思います。健康を気にして不健康になるとか、不幸すぎません?

 

 さて、最近気に入ってる一つは「冷えとり靴下」。絹と木綿の靴下重ねて履くやつです。ずいぶん前から気になってはいたんですけど、面倒だし高いしで(2枚で1500円くらい)なかなか試せなかったんです。でも友人に「履いてから生理痛がなくなった」やら「体温が上がって風邪を引かなくなった」だの言われてついに始めてみました。お風呂からあがって寝るときに履くんですけど、朝起きたらポカポカしてるんです。これは冬が楽しみだ。

 

 あとは私、頭痛持ちなんですが、キムチと乳製品(チーズとかヨーグルト)を食べるのをやめたらだいぶ減りました。本当はチョコも良くないらしいのですが、好物なので許してます。それくらいのゆるさが身体にちょうど良いのではないかなと。たまにジャンクなものを食べて夜更かしするのも、適度なら。

 

 最後に、何の事はないですけど、朝起きるときに窓を開けて新しい空気を入れること。気持ちが切り替わってスタートを切りやすいです。太陽が出ていることに、雨が降っている事に感謝。そうすると重い気持ちも軽くなります。簡単なのでぜひ。

 

 個人差はあると思いますが、からだのことを思って行動することはけしてマイナスにならないと思います。思い込みも健康への一歩。

 

 もうすぐ30。よりいっそう自分のからだと向き合いたいなと思う秋でした。

 

 

 

 

 

おどりとわたし4

秋、いろんなものが美しく変容する季節で、私が一年で一番好きな季節です。今年も芸術の秋になりそう。

 

 さて、今私はヨーロッパ企画さんという、コメディを専門とする劇団の全国ツアー「遊星ブンボーグの接近」に客演で出演させて頂いている。コメディとダンスなんて、めちゃくちゃ遠そうだけど、でもなんとなく共通点があったり、逆に全然違ったりして毎日が発見の日々だ。

 

たとえば、コメディに出演していると客席からの「笑い」という反応がある。役者として、反応があるとほっとするというか、正解したのかな?とか需要と供給が一致したかな?みたいなこと感じる。逆にえっここで笑うの?!とか全然ウケないけどアンケートでは好評だ……とかもあって面白い。演出家の上田さん曰くげらげらと笑わずともにまにましていたりする時間があったりするみたいだ。先日は京都と名古屋で公演したのだが全然反応が違って興味深い。私たちが変わっている事もあるのだろうけど、地域性もあるのだろうか?

 

 役者として出演しているとできたら声を出して笑ってくれると安堵する。こんなことはダンスしているとあまり感じないので不思議な感覚だ。基本的にダンスをしている時は観客の反応を伺うといったことはしていない。それでもなんというか、客席の硬直した空気とか、あたたかな空気とかは嗅ぎ分けられて、やばいなーとかいいぞいいぞ!とか思ったりはする。それでもそれが正解かどうかってのがわからないのだけど。まあカーテンコールするとさすがにわかるけど。

 

 踊りとの共通項的な事で言うと、とある台詞を言うときに立ち位置と身体の向きを買えただけでぜんぜん反応が変わって驚いた。今までひとっつもウケなかったのに!少し変わっただけで笑いが起きて、伝わったのかと感激した。まだまだ研究のしがいがある。踊りでも、方向性や構成、立ち位置や踊り方次第で見え方が大きく変わる。正解はわからない。毎回同じことをするのではなく、許される限り実験したいなと思う。

 



おどりとわたし3

 最近、踊りを普段しない人と一緒に踊ったり、所謂「ダンス公演」を観た事のない人に向けて作品をつくったりする事が増えてきた。だいたい普段ダンスを劇場で見る人の人口なんてたかが知れている。私も、大学で演劇を専攻していなければ一生観る事がなかっただろうと思う。しかしなぜ普段踊らない人に向けて、私は踊りを伝えているのだろうか。


 よく「なぜ踊るのですか?」という質問をよく受けるし、私もよく考える。さっと思いつくのは「楽しい」し、事実「好き」だからなのだが、それだけではないことは確かだ。私たちは「何のために」踊って「誰のために」踊っているのだろうか。レッスンやフィットネスで踊っていると「自分のため」、発表会のためだと「観に来てくれる親や友人のため」、作品を発表するときは「観客のため」…?いや。「自分のため」でもあるし「社会のため」かもしれない。


 踊りはもともと、繁殖や繁栄(伴侶を見つけたり豊作を祈ったり)のために始まったものだと思うのだが、現代だとピンとこないと思っていた。でもクラブで踊ってそしてあわよくばパートナーをゲットしようとしたりする(それだけじゃないけど)となるとわかりやすい気がする。動物はつがいを見つけるために踊る。魅力的な踊りをするオスのもとにメスが集まる。踊りのルーツはとてもシンプルで原初的な欲求からだ。


 私が踊る理由はそういうところにはないと思っていたけれど(クラブが苦手だし)、動物的な本能が行動原理であると考えると、納得がいくことも多々ある。「なぜその動きをしたのか?」「なぜそのリズムが魅力的なのか?」「なぜこの動きを面白いと思ったか?」その一つ一つの問いは愚問なのかもしれない。本能が突き動かすことがあるのだから。


 町に流れる音楽を聴いて身体が揺れていたりはしないか?歩いているときのリズムは、毎日同じか?それは、気持ちいいリズムではないのか?無意識に動いている身体を見つめ直し、それが「踊り」だと気付いてもらうことが、私の「踊り」に対する役割だと思っている。 

 

 

 

 

おどりとわたし2

 こんな話をきいたことがある。日本の街角で「踊ってみてください」とカメラを向けると、戸惑ってほとんどの人

 

が踊らないそうだ。しかし、「カラオケを歌ってください」と言うと、みんな意気揚々として歌うらしい。世界(とい

 

っても全世界で調べたかは不明であるが)では逆。よく洋画とかでもパーティで踊ったりしているけれど、日本

 

ではほぼ見かけない。

 

 

 かといって、日本人が全く踊らないかというと話は別で、お稽古ごととしてのバレエやヒップホップを習う人

 

口は多い。又、一時期AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」が地方自治体や学校、企業、果てはロックミ

 

ュージシャンが踊ってみて、動画を公開するという流れが大流行りした。最近はブームが落ち着いたが、動

 

画では踊りなんてしたことがなさそうな人々が沢山楽しそうに…まあ上司に言われたり仕方なしに参加した人

 

も多いだろうがおおむね楽しそうに踊っている。再生数は伸びに伸びて100万回を超える動画も。そしてこの

 

行為は人と人をつなぐツールとして有効視されている。

 

 

 「恋する」の動画が爆発的に多くなった理由の一つとしてはかなりシンプルな振付と使用料金が一切か

 

からないことだと思うが、なんだか皆が揃って同じようなフリをするのがどうにも日本人らしさを象徴していて苦

 

手だ。大多数で、皆がよく知っているメロディで、決められた同じフリを…。皆がするから怖くない、恥ずかしく

 

ない。という考えが透けて見える。わー苦手だ!!なんだかこの踊りに参加することがあたかも素晴らしく楽し

 

い事のように笑顔で踊らされてしまう事も辛い。

 

 

 アイドルの曲なんだから仏頂面で踊るわけにもいかないんだろうが、それでも私がもし「恋する」を踊る事

 

になったら、仏頂面で、でたらめなリズムで踊らせて頂きたいなと思う。それが私にとっての「おどり」だから。

 

 

 

 


 

おどりとわたし1

  三歳の梅雨。私は母が弟の出産で入院するため、今は亡き母方の祖母の家に預けられていた。ある日、祖母につれられコンビニエンスストアに買い物に行った。その時流されていた有線の音楽に合わせて店内で踊ったらしい。詳しい事は覚えていないが、おそらくでたらめなリズムで、でたらめなステップを踏んだ。祖母に「陽気な子やなあ」と言われたことを覚えている。私の一番古い踊りの記憶である。

 

 記憶を探っていたら、小学校二年生の時のお楽しみ会のことを思い出した。めいめいに子供達で紙芝居や合奏などの出し物を披露するのだが、私はそこでなぜか「たこの踊り」を披露した。確か何か歌いながら…今思えば最初の振付作品だったのだと思う。会場は大笑いの大盛り上がりだったのだが、母親はその評判を聞いてひどく恥ずかしがっていた。私は母が恥ずかしがる様子を見て、自らを恥ずかしく思った。


 数年後、母とクラスメイトが出演するバレエの発表会に行った。母は「綺麗で良かったねえ」と拍手を送っていた。私の踊りは「恥ずかしかった」で、彼女のバレエは「綺麗で良かった」のかと、子供ながらにじわじわと傷つき、なんとなくバレエの事が嫌いになり、ダンスと名のつくものが苦手になっていった。

 

 みさきさんに「ダンスについて何か書いて」と頼まれた。ちょうど自分の踊りについて言語化したいと思っていたところだったので、二つ返事で快諾した。「ダンス」は敷居の高いものだと思われがちだ。教室で習うには安くない授業料がかかるし、運動神経やリズム感が良くないとうまくできないと思われがちだ。


 でも私は上記いずれも良くないし、もともと「ダンス」が苦手な人間であった。苦手なことをもう、気がついたら10年弱している。なぜ、私は踊るのだろう?なぜ人は踊るのだろう?すこしずつ、考えていきたいと思う。