ずぶの学校新聞 no.26(2017.6 水無月)

~おさなき日の遊び一覧~

 

 

小学三年生の時に、制服のない、勉強の厳しくない、のびのびした学校に転校しました。私の意識、記憶はそのあたりから鮮明になってきます。広い運動場に、遊具はたくさんありました。今は見ぬ「かいせんとう(回旋塔…こんな字だったのか)」「回転ジャングル」は大人気。休み時間になると走って取りにいかなくてはなりません。サッカーやドッヂボール、鬼ごっこ、ゴム跳び(これはほとんどやらなかった)、メンコ、トランプなどその時流行のメジャーの遊びにも参加していました。

 

しかし少人数(一人~四人程度)でやるオリジナル遊びがもっと楽しかったのです。印象に残っている遊びを並べてみようと思います。

 

・ポラロイドカメラで撮影会、スターごっこ

・のち雑誌、写真集作り

・ワープロで作家ごっこ(一人遊び、作文を褒められてその気になって)

・ワカメハウス作り(オリジナルシルバニアファミリー自分たちが登場)

・ぬいぐるみ作り・着せ替え

・楽器演奏・作曲録音(カセットテープでアルバム作り)

・ラジオ録音(ワープロで脚本を作ってから)

・物語の録音

・漫画・お絵かき

 

 今思えば、自宅には遊び道具がいっぱいありました。ポラロイドカメラやワープロは父が職場からもらってきたもので、カセットレコーダーはお年玉で購入、わら半紙、布は山盛りあったし、電子ピアノやいくつかの楽器も。一人では使いこなせぬまま飽きて放置してしまう(飽き性)のですが、遊びに来たともだちが上手に使いこなすと、とたんに魅力を感じたものでした。ともだちはそれぞれにいろんな能力を持っていて、絵がうまい子、楽器がうまい子、声優がうまい子、(人形の)服を作ってくれる子、そんな技術をまのあたりにするのも、自分がちょっと思いついた世界が思わぬ形で表現されていくことも、嬉しかったものでした。

 

 今でも耳を澄ませば、いろいろ思いつくのですが、根気も技術もないし、実現に至るにはともだちの力が必要なのです。そんなわけで、今回雑誌(KAMELO「らくだ」―例によって自分登場)ができたことは感激でした。最近は「絶対できない」と避けていた、作曲、アルバム作り熱が復活。これもこどもの私はおじけづかずにやっていたことを思い出し、いつかライブをと夢見ています。(まずは授業でやるかも)

 

 

 

あかまつみさき

(「憧れ」がごっこ遊びにつながるみたい、秋山氏を目指しています)

 

 

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ずぶの学校新聞 no.25(2017.5 皐月)

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ずぶの学校新聞 no.24(2017.4  卯月)


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ずぶの学校新聞 no.23(2017.3 弥生)

~アロハ進路相談~

 

おととし地域情報誌のお手伝いを始めてから、いろんなひとにお話を聴いて、文章にまとめるということを始めました。現在は地域情報誌は休刊しましたが、ずぶの学校校長のライフワークとしてこの活動は続けていきたいと思っています。そのひとの人柄が伝わるようなエピソードやお言葉(人生哲学)を記事にするのは楽しい。私は「ライター」としてではなく、「自分」のままで自分が感動したことを中心に書いていきたいと思っています。これは、「どんな人からでも学ぶことがある」という私の考えをかたちにできるものの一つではないかと思い当たるようになったのである! おや?

 

インタビューをするときは、だいたい過去・現在・未来の順に質問しているのですが、二月に高校受験に向けた小論文の相談に乗っていた時に気が付いた。あ、私は小論文でも、インタビューで訊くことと同じことを訊いてる。それを自分で書けるようにするんだ……。そりゃそうか。面接で訊かれるのも書かされるのも、そのひとが今までどう生きてきたか、そして現在どうしたいと考えているか、将来の展望。その表現のしかた、その言葉こそが、その人の人柄だものな。

 

そこにきて、ようやく私がなんとなくしてきたことと、これからしたいことがぴーんとつながった気がしました。私は学校でとりあえずする模試の偏差値を基準にした学校選びには反対。出された選択肢の中から選ぶのではないと思う。やはり自分がなんとなくしてきたことを、自分の言葉で一度振り返ることが必要だ。過去を思い出して、具体的に表現することでより現在の自分の考えが確かなものとなり、力強い次なる一歩が踏み出せるようになるのだ。

 

「自分を語る、自分の言葉を持てるようにすること」が、私の考える「進路指導」だった。私ができるのは相手の鏡になって問いかけることだった。受験というイニシエーション(通過儀礼)の本来の意味だと思う。これは、受験や就職活動に限ったことではないのかもしれない。むしろ、その先の時間の方が長い。いつになっても、どう進むのか迷うことはたくさんあるだろう。私も(が?)。

 

二月、アロハシャツを人生で始めて着ました。似合うんじゃないかと言われて、自分でも似合う気がしました。急に着たいと思いました。なんで今までスルーしてきたんだろうとさえ……。

あわててアロハの意味を調べてみると、

「アロハとは生きて行く過程、お互いに愛情と敬意を持つ気持ちを現す言葉です。※」とあって、これだ! と思いました。

上意下達感のある、お堅い学校用語「進路指導」を、南国ムードでカジュアルダウンし、数字による窮屈な人生設計ではなく、もっとゆるくのんびりといこう、というおおらかな愛をこめられるように「アロハ進路相談」と名付けました。自分の気持ちにぴったりで、お気に入りさ。木曜17時から宝塚清荒神のテラコでやっています。

 

アロハとは言われていない事を学び、見えない事を見、知ることが出来ないことを知ることですリリウオカラニ女王

(※http://www.to-hawaii.com/jp/alohanoimi.php

 

 

ぶん・あかまつみさき

 (普通の作文は「イロハ進路相談」? それでもやっぱり進路)

 

 

 

 

 

ずぶの学校新聞 no.22(2017.2 如月)

~ずぶのしろうとであること2 文学フリマ編~

 

 

授業中「恋と愛の違いって何?」と生徒に聞かれ、とっさに「アマチュアとプロみたいなもんちゃう?」と口走ったのは、ずっと「ずぶ」について考えていたからだった。お得意のこじつけでいえば、確かにそうといえなくはない。一時でも燃え上がる恋の気持ち(熱意)はアマチュアの心境によく似ている気がする。好きでたまらない、未熟で不器用で人間くさい、損をしたってする一回きりの賭け。プロは、もっと確実だ。継続によって黙々と技術を磨き、完成度の高い作品(結果)を残す。生き残るため、継続するためには、損はできないし、相手の出方で一喜一憂してばかりもいられない、孤独でゆるぎない意志。それは永遠に目標かもしれない。

 

一月に、和亀を携えて「文学フリマ京都」に出店した。会場内の熱気はすさまじかった。文学を愛する思いは、出店者もお客さんも同じ。お客さんの積極性は、学ぶ気満々の生徒のようで、こちらにもどんどんエネルギーがみなぎってくる。みなブラザー!

 

いつにないことだと思った。与えるもの、与えられるものの構図がはっきりしているショッピングモールや百貨店とは違う。快適で便利でわかりやすく用意された環境で、与えられるものは受け身で流されるままに買ってしまう。それが当たり前になってくると、与えられるものは何の苦労もなしに、その環境が整っていないと文句をいうようになるのである。お金を支払う側は相手にプロ(完璧)であることを強い、お金を受け取る側はプロであることを自分に強いるのである。しんどい。

 

文学フリマでは、与えるものも与えられるものも、どちらも媚びないし、嘘をつかないし、真剣だ。自分の好きなものを売り、自分の好きなものを買う。あるいは熱意を売り、熱意を買うともいえる。お金を支払う側も相手にプロであることを強いないし、お金を受け取る側もプロであることを自分に強いない。自由で寛容な社会。ここでは双方がずぶでありながら、双方が積極的に社会に参加している。プロから与えられるのを待っているずぶはいない。待っていても何も見つからない。変わらない。ひとりひとりが考え、選択し行動している。あふれる「ずぶ力」をひしひしと感じる。民主主義社会だ。

 

教室もそうあってほしいのだが。今はやりの(?)教員アンケートが許せない。いや、高校生のときにやらされたときから、私は憤っていた。

 

生徒が教員をひとりずつ評価するのである。しかも質問がむなしい。「声は大きく、聴きとりやすいか」「説明はわかりやすいか」誰が考えたんだろう。声が大きく、説明がわかりやすいのがいい授業だという安易な考えを生徒に植え付けてしまうじゃないか。教員なら完璧である「べきだ」、教員なら生徒の役に立つ「べきだ」。いい授業かどうか、何を受け取るかは生徒の自発性によるし、個人的なことで、ひとりひとり違う。そして、それはすぐにわかるものでもない、十年、二十年、三十年、それ以上……かかるかもしれない。

 

そのようなことをさせる(生徒はやらされている)ことによって、生徒はますますお客さん化し、教員はますます店員化する。教員同士もお互いを数字でジャッジしあい、競争させられるように仕向けられる。

 

先生は好きなことを話し、生徒は好きなことを聴き取ればいい。何か困ったことやおかしいと思うことがあるなら、先生に直接聞けばいいし、先生は直接生徒に応えればいい。そういうリスクや苦労をともなう行動を自分で取れないなら、文句は言えないだろう。

 

そもそもアンケートをしないと生徒のことがわからないなんて、数字にしないとわからないなんてダサすぎる。(しかも生徒だって適当に書いている数字なのに、それを信じるのか?)それが教員のプロの世界なんだろうか。

 

 

 

ぶん・あかまつみさき

(五月に文学フリマ東京に出ます!東京進出!遊びに行きたいだけ!)

 

 

ずぶの学校新聞 no.21(2017.1睦月)

 

~ずぶのしろうとであるということ 1 学芸会編~

 

 

ずぶの学校の「ずぶの」ということばは、お察しの通り「ずぶのしろうと」からとっている。『日本語俗語辞書』(zokugo-dict.com)によると、ずぶの素人の『ずぶ』とは「全く」「まるっきり」といった意味で、ずぶの素人とはまったくの未経験者やまったくの部外者を意味する。主にそういったひとを侮蔑する際や、自分が素人であることを強調、自嘲する際に用いる、とのことだが、私は「ずぶ」ということばを「しろうと(アマチュア)」という意味の象徴として、自負、抱負の意味を込めて使っている。

 

昨年末に「学芸会」を開き、リコーダーを吹き、人形劇をした。これはただただ私の「ずぶ力」をいかんなく発揮するばかりの時間となった。かの岡本太郎氏の「他人が笑おうが笑うまいが、自分で自分の歌を歌えばいいんだよ。なんでも平気でやるべきだ」との教えを体現したかったのだ。行動で示してみたかったのだ。「平気で」これはなかなかに難しいことだぞ。こどもならば許されても、おとなならば……などと、すぐに言い訳がましく、卑屈になってしまう。何か、誰かに怒られるんじゃないか、笑われるんじゃんないか、と不安になってしまう。違う、上手い下手ではなく、怒られる、笑われるではなく、自分が自分のままであることを楽しむのだ。ジャイアンリサイタルなのだ。

 

終わってから、私はこういうかたちで、まちや芸術、教育に関わっていきたいという思いが強くなった。まちのおとぼけ余談集「ずぶぬれ」も同様に、私の美術的「ずぶ力」を発露する場所なのである。(ずぶぬれのもくろみは前月の文章を参照してください。)

 

 毎日毎日教壇にずっと立って暮らすことの危うさは、教師がプロ、その教室での絶対的な権威だと勘違いすることで、教室が思考停止に陥ることである。だから私は、教壇に居続けることはできないし、居続けたくないのである。私は私のままで立つ。授業はいつまでたってもゆるぐだやなと我ながら驚くが、それが私。思考する教室は、いらんことも言うし、文句も飛んでくるし、鋭くささる指摘もされる。しんどい。同時に、教師は同じことを生徒にすることもできる。お互い様だ。お互いが、お互いのことばを聴く気になれるのが民主的な教室だと思う。はたから見れば学級崩壊と映ったとしても、内実はお互いがよくわかっているものである。先生も、生徒も自由に、これからともに教室を作っていく仲間なのだ。

 

「わたしは何よりアマチュアであることを鶴見(俊輔)から学んだ。鶴見は、たとえば哲学において最高の「プロ」であった。だが、そのことより、他のすべての分野でアマチュアであることの重要性を考え続けた人だった。アマチュアであることは、実は、個人であることでもある。ひとは、何かのプロになりうるが、最終的には、なにものにもなれないかもしれない。けれども、自分自身にはなることができるのだ。

あらゆるジャンルを、専門家の「罠」にはまることなく、最高のアマチュアとして駆け抜けた鶴見は、そのことで、自分であることを貫いた。プロにもアマチュアにもなりきれないわたしにとって、鶴見は、まぶしい存在だった。そして「民主主義」はアマチュアのものである、という考えを、私はその鶴見から受け継いだように思う。」(高橋源一郎『丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ2』まえがきより)

 

私はずぶのままで立つ。一市民として立つ。ワークとライフのはざまに立つ。

生徒も、まちのひとも、ずぶでもいてよく、ずぶでも発言してよく、ずぶでもものを創ってよく、というより、ずぶの「私」こそが考えるべきだ、行動するべきだ、と思ってほしいからだ。自分で考え、行動するようになり、自分が周囲から尊重されるようになれば自信と責任感が生まれ、異なる立場や意見の相手も尊重できるようになり、心ないことばを口にすることは自然となくなっていくのではないだろうか。

 

ぶん あかまつみさき 

(遅ればせながらあけましておめでとうございます2017酉)

 

 

 

 

 

ずぶの学校新聞 no.20(2016.12 師走)

~教室(まち)の温度をあげる「余談」~

 

 

 ついに今月、ずぶの学校のフリーペーパー「ずぶぬれ」を刊行します。「まちのおとぼけ余談集」と銘打って、まちのひとに思い思いの四方山話をしていただこうと考えています。四方山話といっても、あたりさわりのない世間話ではなく、「自分の話」をしていただきたく思っております。

 

 教室が冷たく無味乾燥になるのは、先生が教科書を棒読みしている時間です。今まで何度も誰にでも話してきたことを機械的に読んでいると、教室の温度が下がっていきます。先生が楽しそうに自分に起こった出来事や、思ったことを正直にリアルに生徒に語りかけると、生徒の目は生きてきます。「余談」こそが、授業のいのちといっても過言ではないと思っています。(「余」というのは先生が体裁を保つためにつける謙譲語)生徒にしてみれば、「自分」に特別に話しかけられているという喜びなのかもしれません。そのとき、その場所にしかないもの、固有の関係性が生まれることが、教室で、ライブで授業をすることの最大の意味だと思っています。

 

 ずぶの学校は、まち(=社会)を教室と考えて活動しています。まちにどんなひとがいるか分からない状態では、みんな不安で家に閉じこもり鍵を閉めます。そんな中、ずぶの学校の先生は、勇敢な大人です。危険を覚悟の上で、率先して自分をさらけ出し、楽しいお話を聴かせてくれるひと。社会を担う一員としての当事者意識を持って前に立ってくれるひと。そんな先生たちが「ずぶぬれ」に集結し、まちをゆるく、にぎやかしてくれています。

 

 11月、人生初の占いをしてもらいました。結果の中に「社会と関わっていくことで幸せを得られる」という診断がありました。え?! 本当に?!と目からうろこでした。私は自分の社会性のなさがすでにアイデンティティになっていたのですが。よくよく考えてみると、思い当たる節がなきにしもあらず。(なんでも思い当たる癖あり……)

 

 私は「盲目的に郷に従う」ということが苦手なので、「郷」という意味の小さな社会にわけもなく従うのが嫌なのかもしれません。有無をいってしまうタイプで、世間知らずなためにあらゆることに懐疑的で、ややこしい人間です。いわゆる「中二病」?「空気が読めない」? いや、たとえ読めたとしても、疑問を持ったらあえて破ってしまいたくなります。それにしても、世間知らずって、どれほどのひとが世間を知っているというのだろう。知らないことを知ったかぶりするより、正直に知らないといえることの方が尊いと思います。がんばれ、坊ちゃん。

 

 世間や社会って、本当はもっと広いのではないかと思います。いろんなひとがいて、いろんな考えを持って暮らしている。それを見て、聴いて、学んで、自らを省みるという姿勢が、真の社会人には必要なのではないでしょうか。郷は社会の一部であって、全てではないと思うのです。とりわけ真の社会人であるべき、ひとの上に立つ人間にこそ、自分が立っている郷が全てではないことを認識し、柔軟な姿勢を持ち続けてほしいし、私もそうありたいと思います。

 

 ちなみに、私がずぶの学校を開いたきっかけの一つに、授業における自分の余談に限界を感じたということがあります。前に立つことを仕事にしているだけでは、話す内容が本から得た知識や記憶しかない……と感じました。生徒は学校の外のお話、その人の生き方に興味があるのです。

 

 学校外での経験を積みながら、余談の腕を磨いていきたく、また、そんな私の趣味にまちに住むみなさんを巻き込んでいきたく思っています。(占い通り!)そんな野心や志のある方には是非是非投稿していただきたく思います。こっそりと実は互いに切磋琢磨しているような、あそびのあるまちになればと願っております。

 

 

あかまつみさき

(願っていたことが実現しつつある11月でした。この調子!)

 

 

ずぶの学校新聞 no.19(2016.11.霜月)

 

 

 ~私のロマン主義~

 

 

小学四年生のときの文集に、「将来の夢」の項目があり「作家」と書いてあった。その他自己紹介カード(友達内で交換するのが流行った)には「イラストレーター」とある。六年生のときには、誰やらに「学校の先生は?」と聞かれ、うーん、それはないな……と思った記憶がある。あれ?

 

自ら、ひとりでに夢を持つのはいい。けれども私は昔から、大人に「将来の夢」を聞かれるのが嫌いだった。今思えば、何かに「なる」ことを前提に語りかけられることに違和感を覚えたのかもしれない。「しっかり何者かになって税金を納めて社会を(我々を)支えてね、よろしく頼むよ」という無言のメッセージを感じとっていたのかもしれない。いや、それほどのうがった見方を当時からしていただろうか、ただ単に先のことが考えられない性格なだけかな? とある高校では入学すると全員が一人ずつ体育館の舞台で「将来の夢」を学年全体に演説するという儀式があると耳にした。恐ろしい。自分がその高校にいなくてよかった。

 

早急に何かに「なる」ように、将来のビジョンを持つように、ひとに強いるのは人権侵害ではないのかなと思う。そうではなくて今「ある」そのひとについて聴くことの方がすてきではないかな。「何に興味があるか?」「最近読んだ本」「考えたこと」などなど。あるいは「(今)何に熱中しているか?」「(次は)何をしたいか?」というのも楽しい。とはいえ楽しいのは私だけなのだが。なんにせよ、選択肢の中から選ばされただけの行く末を、問うたりするよりはましだと思っている。

 

大人になってみて(ここは「なった」ということにしよう)、どこにいてもいまいち何にもなりきれないで、ぽつねんとたたずむ自分を発見する。教室で前に立ち始めた当初こそ「先生になったんだ!」という気負いがあったものの、年々歳々減退して、今では「先生」というのは、生徒が礼儀として呼んでくれるもの(敬語)にすぎず、自ら名乗るものではないと弱々しく結論づけるに至った。

 

この「将来の夢」なるものには「どうやって生計を立てていくのか」という意味が十二分に内包されている模様であり(特に学年が上がるにつれ。昔はウルトラマンとかも可だったのに)、その意味で「教師になった」私にとって、遠く憧れの職業であるイラストレーターの方とお話していると、「私にとって、イラストレーターは夢ではなく『現実』でしたから」とおっしゃっていて、胸に響いたのであった。将来の『現実』……それが私にとっては教師だったんだな。しっくり。

  

そんなひねた私が中学三年生のとき、やはり将来の夢(=職業)の調査(調査っていうことばにもセンスが感じられない)があった。内心どうでもいいと思っていた私だが、ここは大喜利のつもりで答えてみるのも一興と考えた。(そういう癖がある。)すでにぬいぐるみを作るのが好きだったので「着ぐるみ」と書いてみた。(どういう意味?)そして得意になって、隣の席の「おじ」に話をふった。「おじ」はダウンタウンの松ちゃんに私淑しており、日夜ビデオ(たぶんまだビデオだった)を見ては飽くなき研究を重ねていて、笑いに精通した女の子だった。絵も上手で、おじの四コマ漫画はこてこての関西弁でおもしろい。

 

「おじは将来何になるん?」すると間髪入れずに真顔で、「え? たこやき屋やで? 屋台すんねん。」と返ってきたので、一本とられた! と思わず手を叩いて喜んだのでした。しぶい! 今でも、たこやき屋を見かけるとおじを思い出して嬉しい気持ちになる。たこやき屋になる夢を語るおじのスピーチなら是非聴きたい。自由な夢を語る人間を、許す学校であれかし。

 

 

ぶん・あかまつみさき

(Be太郎! Beおじ! Be人間! 「になる」と「である」は同じ単語なんだった)

 

 

 

 

 

ずぶの学校新聞 no.18(2016.10.神無月)

~上から目線VS下から目線~

 

 

例えば、表現はとてもおもしろいけれど、ひとをこばかにしたり、自分のことを棚に上げたりしている文章を読んだときに、私がAではなくて、Bの成績をつけることは正しいことなのだろうか。今までの私ならなんのためらいもなく、むしろいらだちさえしながらBどころかCの判定を下していたかもしれないのだが。今、ペンが止まっている。

 

最近の私は下から目線が全面的に正義であるとは思えなくなってきているのであった。というより全面的に正義であるものなどない。NHKの朝ドラ「とと姉ちゃん」は感動的なドラマではあり、少なからず涙してもいたのだが、だんだん見ていてもやもやと気持ちが悪くなるようになった。もしかして自分がやっていることも、こういう正義のおしつけなのではないだろうか。かよわげで、はかなげな私は一点の曇りのない心を持っている?

 

私だって、日々ひとをこばかにしたり、自分のことを棚に上げたりして生活しているではないか。ただそれをそのまま書かないだけで。書くときは誠心誠意、最善を尽くすように、ひとをむだに傷つけないように、と意識しているだけで。それはとても難しいことで、現に今も、素直すぎる作文を書いたやつや「とと姉ちゃん」を大好きなひとを傷つけたかもしれないし。

 

で、どうしよう。私は、いいことをしているという熱に浮かされたくなく、私が好きなことを勝手にしているという姿勢を貫きたいのだ。そのためにも、必ず主語を「私」にして話をしたい。私はこれが好き。私はこれが嫌い。私はこれがおもしろいと思う。この「主語私作戦」は私一個人が責任をとるという意志表明で、別にあなたがそうでなくても当たり前だよという余白を相手に残すものだと信じている。

 

国語は先生の好き嫌いによって評価が変わるというが、それだけ人間の根本的な部分にかかわる教科だということである。本当は国語だけじゃない、教育というのは、よく言えば影響を与えるもの、悪く言えばおしつけであるという側面はぬぐいきれず、いろんな先生と、いろんな生徒とがふれあい、ぶつかりあいをするのが大きな学校のお役目であろう。しかしより真剣に学びたいものは自分が選び、自分を選んでくれる先生のもとに、積極的に弟子入りして修行することが一番互いののび率がいいんじゃないかと思う。ずぶの学校はそうしたもの好きをもっと引きずり込む場所として念のため開いておきたい。私自身が、昔から個人への弟子入り制度が好きで、自分の好きなひと(友人でも)に影響を与えられるのが好きだからである。

 

「書く」ということは、上から目線の自分を下から見つめ、自分とは違う誰かを想像しながらする、こみいった作業だと私は思う。こう書いてくると、先の作文はやっぱりBやないか!と思い始めてきた。なにをおじけづくことがあろうや。こちらとてひとを評価するなんてのは恐縮至極や、でも正しいかどうかは置いておいて、大事なのは「私」が責任者となって評価するということである。文句があるなら国語や学校全般にではなく、「私」に反骨精神を見せてほしい。傷つけ傷つけられてはじめて痛みが身に沁みて分かる、成長する、やさしさが生まれる。学校とは血みどろのリングである。長きにわたる真っ向勝負ののち土俵を離れるとき、許し許されることができればそれは万々歳、ナイスファイトなのである。

 

 

ぶん あかまつみさき

(覚悟が足りない。武士に憧れる。精神的にイケメンになりたい。)

ずぶの学校新聞 no.17(2016.9 長月)

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~「はじめる」から「つづける」へ~

 

8月、ついにずぶの学校ファーストシーズンが終了しました。去年の4月当初(オープン前)に考えていた私のやりたいことは以下のようなものでした。

 

…やりたいこと…

作文教室。国語の勉強。文学・芸術の鑑賞。読書会。句会。

スピーチ。カウンセリング(占い)。創作。爆発。

場(アトリエ、学校、事務所)の創作。HPDM創作。

校誌の発行。本の出版。作品・グッズの販売。

フリーマーケットへの出店。地域交流。

創作発表の場。発表会。講演会。 

* * *

人と人をつなぐ。情操教育。真剣に考えるひとを応援する。人権問題に取り組む。

ひとりひとりがやりたいことをやる場、人間と人間が対等にぶつかる場にする。

ゆるっとする場、「憧れ」を持てる場にする。

おとなと一緒にあそぶ。こどもと一緒にまなぶ。

真剣にぼける。「LIFE!」の実践。

性別・年齢・地位を超えた心のコミュニティを作る。

 

具体的な方法である前半はだいたいやりはじめることができたように思う。後半は達成できるようなものではなく、死ぬまでやり続けなければならない目標であるように思う。やりはじめていくうちに、幼いころから自分のやりたいことは、あまり変わらないのだということに気が付いた。ただ、やりたいことはやってみることによってより具体的になっていくのだと分かった。どこまでも具体的にしていくことが「表現」するということなのだと思う。どのようなかたちになっても続けていく。とりあえずは家を開放し心を開いて、自己矛盾をできるだけ矯正していく。

これからも真剣にぼけていかなければなるまい。(「LIFE!」の実践?)12月からは本格的に校誌「ずぶぬれ」を発行していく予定です。お楽しみに!

 

 

え 和 ぶん あかまつみさき

(ずぶの学校シーズンゼロ始まっています。遊びに来てね。)

ずぶの学校新聞 no.16(2016.8 葉月)

~~「ですよね?!?!」の連続~

 

7月は、THE YELLOW MONKEYの復活ライブとともに華々しく始まり、後半は内田樹氏の「戦争に負けるということ」(於・神戸女学院大学)、高橋源一郎氏の「僕らの学校なんだぜ」(於・大阪府立今宮高校)と立て続けに巨人の声を直接聴いてスーパーハイテンションで幕を閉じた。(さらに言えば、スピッツのニューアルバムが発売されるという追い風も吹いた。)

どのライブ(!)でも涙を流す私。普段心の中や外で私が思っていることをはっきりとことばにしてみんなの前で言ってくれるだけでうれしい。存在に救われる。基本的に、どんな場合も「あなたの味方だよ」「わかっているよ」「それでいいんだよ」というメッセージを勝手に読みとって泣いてしまうのであった。(都合がよいのね)大物のことばは、懐が深く、腰が低く、弱きものと目線を合わせながらも、射程距離が広く、長い。

内田氏の話を聴くのは二度目であったが、冒頭のちょっとした話ですでに泣いていた。「いい教育環境というのは小声で話しても声が通じ合う環境だ」というお話。神戸女学院大学の講堂はレトロでこじんまりとして趣がある。1933年、アメリカの建築家ヴォーリズの手によって建てられた。(講堂以外も。)声を張らなくてもマイクなしでも届くような設計になっているそうだ。現代の設計士はそのような配慮を一切しないという批判さえ、やさしく聞こえた。多くのひとは声が大きいひとを正しいとかしっかりしているとか安易に信じがちで、言っていることばの内容や人柄まで、自分から見よう聴こうとするひとは少ない。しかも声が小さい人には、声は大きくなければならないとか、もっと明るく前向きな姿勢を示せとか諭しがちだ。うっちーはそんなこと言わない。声の小さい人の話にもちゃんと耳を傾ける世界はすばらしい。「全員同じでなくていい」ということを認めてくれる。ですよね!!

高橋氏を拝見するのは初めてであった。終始きょろきょろソワソワしていて、はじめから壇上をおりて前の方を行ったり来たりしながら、話もあっち行ったりこっち来たりしながら、一見酔っぱらいのようなのになんとも鋭く、重く具体性のあるお話ばかり。(止まっているとものを考えられないそうだ。)国語教師に向けた講演会であった。自分で子育てをして、こどもがことばを覚える過程を目の当たりにしたことは大きな経験だったそうだ。

「赤ん坊は、ママをまま、パパをぱぱと認識して発するのではない。適当に音を出して、みんなが笑顔になったり、ほめてくれたり反応がよかったものを繰り返すのだ。つまり、喜んでもらうために、愛されるために、音を発する。これは実は大人になっても同じ。音が、ことばが、波紋を広げる。波紋から自力で学んでいく。愛されたいと求める気持ちがないと、ことばを覚えない。教えても無駄。子育て、教育はいつでも黒字。親が先生が、こどもや生徒から学ぶことのほうが多い。お得だからぜひ進んでやってみてほしい。先生は何かを教えるのではない。(ついつい教えてしまいがちだが。)存在で示す。媒介となって生徒にきっかけを与え、アクティブにし、どこかに行くお手伝いをする。教育は先生と生徒が互いに歩み寄ることが必要。生徒が教えてっていうまで教えない。生徒から教わっている教師が一番いい教師だ。」

たたみかけるように名言連発の最後の方は、目の前にいて(三列目に陣取る)ことばを話してくれているだけで泣けた。大人物には人類愛があるのだなぁ。存在で教える。私のメンター、また増えた。

「私」を明らかにすることがやっぱりやっぱり大事なようだった。私は文を書いてもらうときに大事なこととして「私」「私」言いすぎて、でもひとにはそれほどの手ごたえもなくて、もうそろそろ違うんじゃないかと思い始めていたのだが、やっぱりそうだった。ていうか、それしかない。それしかできないはずなのだ。

「自分に誠実でないものは、他人に誠実ではありえない。」(By 夏目漱石)……ですよね。

 

                    え・ぶん あかまつみさき

 (8月の予定は本を綴じること、すいかを食べること。)

 

ずぶの学校新聞 no.15(2016.7 文月)

    

~気まぐれ、雑でナイーブなライフワーク~

 

 夏目漱石は、タイトルにこだわらないタイプだ。「吾輩は猫である」。なんともキャッチーなタイトルだが、漱石は当初「猫伝」にしようかと悩んでいたそうだ。猫伝て……。高浜虚子のナイスアシストで今のかたちに落ち着いた。よかった。

 

かの「彼岸過迄(ひがんすぎまで)」は一見なんとも仰々しいタイトルののようだが、実際は正月から書き始めてだいたいお彼岸過ぎぐらいまでに書き終わろうと思ったからね……と序に書いてある。え、自分の目標?!

 

「門」だって、どんなに深い意味があるんだろうとひきつけられる、オーラ漂う題名だが、新聞連載のためにタイトルを催促されたので、弟子に頼んでつけさせたという。弟子たちは、急きょその辺にあった本のぱっと開いたページにある言葉にしようと相談し、「門」とあいなった。確かに、後半になって突如「門」がどーんと立ちはだかるのだが……。合わせてきた!!

 

そしてきわめつけは「こゝろ」。こゝろって、こゝろって、どんな小説もこゝろやん……!! しかし読んでみると濃密で繊細で、確固として揺るぎない。名作。どんな小説よりも「こゝろ」なのだった……じゃ、いっか……。

 

ただその中でピカイチなのが「坊ちゃん」だ。坊ちゃんは一人称小説だが、自分で自分のことを坊ちゃんと言っているのではない。実は坊ちゃんの育ての親である下女の「清(きよ)」が「坊ちゃん、坊ちゃん」と呼ぶからなのだ。清は、坊ちゃんという世間知らずで正直で甘いとみんなからはばかにされがちな「坊ちゃん」を「あなたはよいご気性です」と死ぬまで応援し礼讃し続けてくれた、たったひとりの味方なのだ。漱石は坊ちゃんをからかいながらも、おもしろがりかわいがり、懐を広げて認めている。不器用でまっすぐな若者(自分の一部でもあるのだろう)へのやさしいまなざしがあらわれた、実にすばらしいタイトルなのだった。もはやタイトルだけで泣ける域に到達している。

 

漱石の形式に対するこうした無頓着、まっすぐさ、ゆるさや雑さやダサさがとても好きです。柔軟で、のんびりとしていて、素朴。

 

わが身をふりかえると、何もかもゆるい。料理をするのでも、ぬいぐるみを作るのでも、授業をするのでも、文章を書くのでも、事前に細部まで計算することができない。作り方は一応見ることもあるが、基本的におかましなしの何でもありだ。だいたいのイメージや構想、モデル、キーワードを持って臨み、あとは興のおもむくままに身をまかせるのである。

 

やっているうちに新たな発見があったり、今までにないアイディアを思いついたり忘れていた過去の一場面を思い出したりすることが一番のやりがい。もちろん失敗続きなのだが、むしろ何の興もないままにワンパターンで定型のいつも通りになるほうがもっと失敗なのだ。

 

考えてから作ることができないから、作りながら、今ある素材の中で何をするのがおもしろいかを考えるのである。逆に何ができるかわかっているものは作る気がわかない。(単にめんどくさがりなだけかもしれない。)で、たいてい何かよくわからないものが完成(?)するが、命名するのは好きなので御用とあらばあとづけで。

 

そんなこんなで、私のライフワークである「ずぶの学校」は勝手に必要に迫られてさきづけしましたが、永遠に未完成のまま「考えながら作る場所」として、気まぐれにトンカンし続けたいと思います。タイトル(初心)に合わせていくことを忘れずに。

 

 

ぶん・え あかまつみさき

(ずぶの学校かるた部顧問になりました。ようやく百首覚えられるかも!)

 

 

 

 

 

ずぶの学校新聞 no.14(2016.6 水無月)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~われのみぞしる~

 

 

やっぱり作文の授業が好きなのだった。

先日書いてもらった、ある生徒の作文には次のように書かれていた。

 

「波に乗るには、海と友達にならなければならない。」

 

その子はサーフィンが好きだそうで、波に乗ったときの爽快感や達成感、そこに至るまでの困難をエネルギッシュに綴っていた。自分の体験を自然に言葉にしたものはいい文章だと思う。自分の言葉で語るオリジナルのお話。私には一生縁遠いであろう世界も、熱のこもった言葉を介してならば、想像することができるのだ。この一句は何気なく書かれているが、本人の経験から生まれた教訓なのであって、彼女の真実だということが分かる。

 

本当に、教室だけでは何もわからない。その人間がしていること、考えていること、どうしようもない不安、ゆるぎない信念、かねてからの希望。前に立っていて、ほとんど知らない。我ながら滑稽なものよと思う。

 

ちなみにその子は全く授業を聴いていないのだが、作文を読んで「この子は自分で生きていくな」と頼もしく思った次第。花丸!(花丸以来、とげがなくなってきたようだ。私の見方が変わったからかも。)

 

さて、先ほどの一句をこんなふうに言い換えてみてはどうだろうか。

 

何かを学ぶには、そのものと友達にならなければならない。」

 

「友達になる」というのは、理解し、尊重し、容認すること。学びの意欲とは、そのものと「友達」になりたいと願う衝動ではないだろうか。それがまさしく生きる力のように思う。

 

ひとと「友達」になるとは、難事業である。今周りにいる家族、友人のことだって知っているようで、知らない。(24時間一緒にいるという場合は別かもしれないが、それでも。)家庭がすべて、学校がすべてだった時代はとっくに終わってしまったのだ。

歴史が、記憶が、無条件でそのひとを認めていると思い込ませているだけ。

 

ひとに認められて自分の存在を確認するのは嬉しいが、大人はいろんな世界を持っている。多面的で、あちこちに問題や矛盾を抱えている。だから、何かを認められても手放しに喜ぶことはもうできない。同様に、ひとつ認められなかったとしてもそれほど致命的ではないのであった。結局自分がしてきたことをくまなく見ているのは自分だけであり、考えてきたことも自分しか知らないのである。

孤独。

 

ほな、まず自分が自分を認めるんや! それは私の場合、文章を書くことで毎度更新され、確かなものとなっていく。そうしてやっと他人のことも認められるようになる。文章を通すとより深いところでひとを認めることができる気がする。生徒だけでなく、長年の家族や友人にも、本気で文章を書いてもらうのは嬉しい。

人間ならば、何度も何度も発見があるはず。そのつどそのつど認め合えるのが「友達」なのだ。

 

 

 

                        ぶん・え あかまつみさき

(方丈記ラブ。実際に行動に移した鴨長明は滑稽だけど偉大。)

 

 

 

 

 

ずぶの学校新聞 no.13(2016.5 皐月)

                      ~みなブラザー~

 

 

Imagine there's no countries(ジョン・レノン)

国境は人間が作った線だが、となると宇宙に人間が作った線でないものはない(認識できない)ことに気が付きだす。都道府県、市町村、地域、家族、男女、年齢、何もかも。自分と他人でさえも。ことばが線をひくのか。枠で囲むのか。フェンスや柵、壁には緊張感が漂う。線や枠は不安の表れのように感じる。確かに、あいまいな状態で居続けるのはしんどいし、いつも心をオープンにしておくのは勇気のいることである。

新しく出会ったひとと話をするときに、先入観で、自ら線をひいてしまっていることがあるかもしれない。しかし仲良くなるにつれて、その線が消えていく。あるいは、分かり合えず線が濃くなることもあるだろう。

自分の家族や国を大切にするのはいいが、その外にいる(とみなした)人を大切にできないとしたらがっかりする。自分も他人もだいたい同じだろうと思うところから、思いやりは始まる。自分に大切なものがあるように、他人にも大切なものがあるのだ。そこは是非とも尊重すべきところだ。やはり、イマジンが必要なのだ。

私の祖母は、よく隣の女性に話しかける。道端で、お店で、電車で。知らないひとであっても、一向に平気だ。相手も平気に応じる場合(それは多く同年代の女性であろうか)、二人には自他の区別などないように見受けられる。人を育てたり、人と別れたり、積み重なった歳月の重みか、想像力とは年々レベルアップする能力なのかもしれない。グランドマザーとは偉大な存在だ。

学校で開かれた人権問題の職員研修会のあと、若い先生たちで難しい議論を交わすことがあった。おのおの今までの自分の考え方について反省させられ、複雑な表情でいた。帰り際、チャーミングな女性の体育の先生が、ばっさり総括してくれたことばが今でも心に残っている。

「要するに、みなブラザーってことっスね!」

 

                    え・ゴッホ「囲いのある麦畑」

ぶん・あかまつみさき

 

(和漢の戦国時代ものにはまる。乱世もつらいよ。万物斉同。)

 

 

 

 

 

 

 

ずぶの学校新聞 no.12(2016.4 卯月)

~春に絵を買う、飾る~

 

四月。初めて、絵を買いました。

 

以前より、大人になった気分。この新しい気持ちを春らしくさわやかに綴ってみたい。

 

今までも、好きな絵はいっぱいあったはずだ。なぜ、今までは買わなかったのだろう。お金がなかったから? いや、違う。同じぐらいの値段でも服や家具は買ってきたではないか……。

 

きっと自分がすることだと思っていなかったのだと思う。いいなと思っても、それ以上踏み込めない。自分のものとするには、何やら恐れ多い。縁が薄すぎる気がする。そうだ、ほかにもっと思い入れの強い、ゆかりの深い、ふさわしいひとがどこかにいるのだろう。自分ではない。

 

この「自分ではない」という気持ちにクエスチョンマークがつきはじめたのは、いつごろからだろうか。自分ではないというのは、勝手な思い込み、あるいは言い訳ではないか? 好きという気持ちに確信が持てない証拠ではないか? お金が、自分の真心を表現することのできる道具でもあるということは、ずぶの学校をはじめて学んだ事実である。本当に好きなら、行動で示すべきなのだ。示せないのは、どこかで自分の都合を優先しているからだ。言い訳ばかりで何もしない、甘えん坊のこどものようだ。お金は、自分の意志でメリハリをつけて使う。わが心に偽りなく。いいと思ったものにはたっぷりと。それが、ちゃんとした大人なのだ。私はそういうひとになりたいのだ。

 

さて、その絵が家にやってくる日を心待ちにしながら、もう飾ることを考えている。きっとすてきな部屋になるだろう。絵に見合った自分になれるように、努力したい。

 

近頃、顔の見える生活がしたいという気持ちが一層強くなってきた。私を支え、励ました、今は私の一部となったひとたちの顔、顔に囲まれた部屋で。恩師の写真。友人、生徒が作ってくれた「もの」を飾る。すてきな作家さんの絵を飾る。食べ物や、家具、本だってそうであるのが望ましい。私はたくさんの顔に見られている。見守られている。そうして存在している。戒めと励ましを同時にいただく。部屋という空間、生活という時間を、おろそかにせず慈しみたい。

 

 

あかまつみさき

(先生の写真を机の近くに飾りだしたのは魯迅の「藤野先生」を読んでから)

 

 

 

 

 

 

ずぶの学校新聞 no.11 (2016.3 弥生)

~スチューデンツ・ファイル①~

 

休み時間。私は授業前の数分の間、教室のどさくさに紛れ込んで、ちゃっかりそこにいるのが好きだ。その日その時間のそのクラスの雰囲気が一目瞭然で楽しい。狂ったように騒々しいクラスあり、おびえるように物静かなクラスあり。話しかけてくる生徒あり、様子をうかがっている生徒あり、無視を決め込む生徒あり。そんな中、私の目に止まるのはだいたいひとりで机に座っている生徒である。眠っているのではなく、単語帳を開くのでもなく、本を読んでいる子、絵を描いている子。そういうひとりあそびをしている子の中でもとりわけ興味深いのは、やはり本を読んでいる子だ。しかもそれが娯楽小説(ラノベとか)でない場合は、特にひかれる。

 

こんな子がいた。

授業で村上春樹氏の話をしたら誰も反応がなかったのだが、ひとりだけ目を輝かせて読んだことがある!と答えてくれた子がいた。その一瞬、教室にふたりだけのコミュニティができてしまった。

あるとき授業後に、「これを読んでほしい」と本を貸してくれた。中村文則さんの「何もかも憂鬱な夜に」。現代小説をあまり知らず読まず嫌い気味の私だが、好きなひとが「私」に薦めてくれたものは読む。そのひとの心が嬉しく、そのひとを知りたいから。読んでみると、本当によい、純文学。なぜこのような本を知っているのかと聞くと「お笑い芸人の又吉君が好きで、その又吉君が薦めていたから」とのこと。又吉君の影響で、太宰治も好きだという。後生畏るべし、驚きの中学二年生だ。(芥川賞をとる数年前でした!)

彼女の文章は美しいというのではないが、展開に工夫や試行錯誤、野心の跡が見られた。燃えるエネルギーが感じられておもしろかったので、全体でとりあげたこともあった。漢字間違いなどは作文の場合、比較的大目に見る私だが、それでも結構あった。それは彼女が漢字を苦手としており、毎回の漢字テストで誰よりも点数がとれなかったことからも当然と思えた。昼休みに漢字の補習(なにそれ!)をしてみたりしたほどだった。けれども私はそのことをたいした問題とは思っていなかった。

私が学校を辞めたあと彼女は手紙をくれた。ひとりで苦しかった彼女は本に救われていたのである。その手紙は何度も推敲されたようで、構成がしっかりしていて分かりやすく、あふれる感情を存分に表現しながら無駄がなく、難しい漢字がたくさんあるにもかかわらず一字の誤りもなかったので、私はとても感動してしまった。内容もだが、それ以上にその誠実さに打たれたのだった。一語一語、辞書を引いては何度も確認して書いてくれたんだという、その心に。

 

漫画家に密着取材する番組「漫勉(まんべん)」で萩尾望都さんが「問題に直面しているこどもが好き。おとなも好き。」とおっしゃっていました。

 私がひとりでいる子にひかれるのも、だからかもしれない……。ひとり問題に直面していると、考える。探す。求める。行動する。そこから、「自分の」物語(人生)が始まるんじゃなかろうか……と思う。誰かが真摯に書いた文章は、「苦悩している(by太宰治)」誰かを救う聖書になるかもしれない。『人間失格』のように。また、彼女の手紙のように。

 

                           あかまつみさき

 (史記列伝にはまっています。人生いろいろ。豪傑の死に様に憧れる。)

 

 

 

 

ずぶの学校新聞 no.10(2016.2 如月)

~やる気まんまんの卵~

 

 

やる気。やる気が出ない……

やる気は、年をとるごとにどんどん殺されていく。目の前のことに追われたり、嫌な経験をしたりして、習慣や徒労を覚え、やる気を出すことをあきらめていくうちに、封印し、忘れてしまう。

やる気こそが自分そのものだったはずなのに。

そして、自分を失って「物」になる。

どれでも同じ「物」に……

 

仕事は、誰がやっても同じだろうか?

 

そうかもしれない。

そうかもしれないけれど、それは「誰もが死ぬ」ことと同じ程度の事実ではないだろうか。誰もが死ぬわけだけれど、誰一人として同じ死に方をするひとはいないように、誰一人として同じ生き方をするひとはいないじゃないか。皆別人なのである。

 

あるひととあるひとは大差ないのだろうか?

 

そうかもしれない。大差ないということはひとを気楽にさせることもあるかもしれない。

そうかもしれないが、皆が同じ物を作って全く同じものができないように、

仕事だって全く同じ仕事はできないのである。微妙に違うということは、全く違うということではないのか。同じにしようたって最初から無理な話なのである。

 

やる気をもってその仕事に励むことは、うまくいけば周りの人をもやる気にさせるだろう。しかし、多くの場合一人傷つくという結末が待っている。結果的に、報われないことがほとんどである。そのつど、くよくよしちゃう。しかし、報われないからといってなんだ!と自分をまた奮い立たせる。 村上春樹さんのエルサレム賞受賞時のスピーチを思い出します。

 

「もし、硬くて高い壁と、そこに叩きつけられている卵があったなら、私は常に卵の側に立つ。そう、いかに壁が正しく卵が間違っていたとしても、私は卵の側に立ちます。」

 

魅力は常に「卵」の側にあるから。わくわくする物語は、可能性は、常に「卵」の側にあるから。

割れても割れても、やる気のある卵でありたい。

 

                              ぶん・え あかまつ みさき 

 (ずぶの学校校長。好きな食べ物はたまごやきとたこやき)

 

 

 

ずぶの学校新聞 no.9(2016.1月 睦月)

~性懲りもなく、人間でいること~

 

あけましておめでとうございます。

2016年があけまして、私は30歳になりました。この節目の時期に目標というか、抱負というか、覚悟というか、自分の中の指針のようなものをずっと考えています。この場をお借りして言葉に整理し、自分を戒めておきたいと思います。限りある人生の中で、自分が本当に大事にしたいものを見失わないために。

 

永遠に続くのかと思われた20代は、がむしゃらに、力ずくで……というほどがんばってこなかったにしろ、傲慢に生きてきた感じがします。今もそうですが、これまでたくさんのものを見逃してきたような気がしています。背後にある、ひとの気持ちについて。あの場面の、あんなふうに言った、行動した、あのひとの気持ち。私は、思っている以上に多くのひとに見守られてここまで存在してきたのだと今、ひしひし思い返しています。

 

そのひとたち全員には直接恩返しができないかもしれないけれど、代わりに今、私の周りにいてくれるひとたちに、じゃんじゃん「贈り物」をしていきたいと思う。ことばと行動で、こころを表現できるひとになりたいと思う。

 

それは時に「一般的」な方法からははみ出していて、非難されることもあるかもしれないけれど、その都度、柔軟に自分なりの方法を編み出して、一人の人間として「普通」に対応する、動ける動物でいたいと思う。

 

結果がどうなるのであっても、しつこく最後まで人間らしい行動を探求したいと思う。

「考える」「認める」「傾聴する」「行動する」「贈る」「いる」「想像する」「創造する」という方法で、無常に抗いつつ、愛を育んでいきたいと思う。

 

悲しい現実を受け入れる恐怖をばねに、せっかくだからこの際やりたい放題やらせていただくことにして、迷いながらずっこけながら血を流しながら、これに懲りずにさらに前のめりに生きていきたいと思う。

 

さて、人間らしい生活を目指して、2016年は料理をがんばるぞ。

  

                              ぶん・え あかまつみさき

 

 


ずぶの学校新聞 no.8(2015.12月  師走)

          

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~外に友達がいる!!という発見~

 

もうすぐ而立の年を迎えようとしている私。

 

ようやく「自立」とは何なのかを身をもって理解しだしました。この一か月は、ご自身が障害を持ちながら小児科医をされている熊谷晋一郎さんのお言葉をよく思い出していました。

 「自立とは依存先が無数にあって、誰にも依存していないという錯覚を持っている状態である。」

 障害を持っている方が危険なのは、依存先が少なく、相互に依存しあう家族との関係が緊密になりすぎることであるともおっしゃっていました。私は、程度の差こそあれ、これは誰にでも起こっていることだと思います。

 

 大学生のとき実習に行った養護学校で、自閉症の男の子が砂で遊んでいるのをそばで見ていました。それは砂を手ですくっては、さらさらと砂山に落とすという遊びで、いつまでもいつまでもその時間が続きました。そのとき私は自閉症というのは「自立症」というべきなんじゃないかな、と思いました。自己完結している。完全な自立というのはこういうものかな、と思いました。確かに、完全な自立は生命にとって危険なのかもしれない。強いけれど、弱い……誰にも助けを求められない。

 

 実は私もどちらかというとそういうタイプだな、と思っています。自分の中に閉じこもってひとりで遊ぶのが好きだから。ひとに理解されるのには時間がかかるし、傷つくし、あんまり理解してもらおうとも思わないタイプ……本を読むのもそういう遊びの一環でした。

 

 けれども、11月の私は記者になっていたので、自然に何人ものひとに自分からアタックすることになりました。びくびくはするものの、いいものを作りたいから、どうせなら自分がいいと思ったものにぶつかりたいという気持ち。だめでもともと……と思っていたのですが、意外なことに私が自分からぶつかった先には、必ずすてきなひとが待っていました。驚きました。今まで、となり近所や自分の今置かれている場所でしかひとを探したことがなかった私は、こうやってひとと出会えるのか!と知りました。自分から、積極的に。

 

 本と違うのは、相手が自分のことを見てくれる、知ってくれるというところ。漱石は、太宰は、私のことを知らないけれど。認めてもらえることで自分が本当に存在していることを感じられます。

 

 私は、私の定義を見つけました。

「自立とは、いつでも自分から外に出て、自分で依存先を見つけることができる力を持っていることである。」

 いつでも困ったときに。何度でも。自分のセンサーの赴くままに。外に出る。そのときのために、せっせとセンスを磨いていこうと思う。

 

                                    ぶん・え あかまつ みさき

                (にわか記者。ずぶの学校長。人形劇部顧問。散歩好きになりました。)




ずぶの学校新聞 no.7(2015.11月 霜月)

      











~ずぶ、記者になる 半信半疑で右往左往~

 

 10月より、ずぶことあかまつは念願の地域情報誌の記者に就任しました。新しいお仕事はまだ始めたばかりで、どうなるのかわかりませんが、それがまた楽しみでもあります。11月号からは題材探しも自分で担当しています。どんなすてきなひとに出会い、自分が変わっていくのでしょうか。見ものです。少しでも多くの人が、私とともに何かを感じ、考えらえるような文章を書いていきたいと思っています。


こくご教室を開いて半年、いろいろなことに気が付きました。学校の外でひととゆっくりお話する機会が増え、こどもやおとなを取り巻く「環境」にも目が向くようになってきました。志望校合格、就職内定のその先で、ひとりひとりの人間がどういうふうに個人や集団と関わり、何を考え、選び、行動し、生きていくのか、「社会」や「人生」の中での学校の在り方、空間的、時間的な学校の意義について、興味があります。


卒業して10年、20年……と時を経るにつれて、学校の記憶は遠のいていきます。結局、それほどだいそれた意味もないのだろうと軽く安心もし、失望もする一方、何年たっても思い出せる(思い出してしまう)情景やことば、人間があることも事実ではないかと期待もし、緊張もします。


 教室を見渡しながら、目の前で今、笑っているひとたちがいずれこの異質な空間を忘れて、ひとりで外に飛び出して行ったとき、何を頼りに生きていくのだろうかと不安になります。旅立ちのとき、持ち物はどのくらい調っているのでしょうか。家族、ともだち、先生、ことば、お話、経験、知識、技術、体力、センス、ガッツ、人間らしい心……その荷造りをどの程度お手伝いできているのか、非常に心もとない。けれども半信半疑ながらもとりあえず工夫や実験をし続けていきたい。その意志が私自身のよりどころなんです。学校は、本当は、こどもとともに遊び、考えることができる寛容な場所、生きた空間であってほしいと切に願っています。


めげるな、自分……。

 

                    ぶん・え あかまつ みさき

(創作の秋、アールブリュット生活中のこくご教師。宙に浮きつつ。)




ずぶの学校新聞 no.6(2015.10月 神無月)

         ~人間だもの、ネガティブ礼讃~

 

谷崎潤一郎に「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」という随筆があります。西洋の明るく、隅々まで照らし出されることをよしとする華やかな文化に対して、日本はほの暗く、目に見えない音やにおいに趣を感じる落ち着いた文化を持っているのだということを、蝋燭(ろうそく)や、紙、漆器など、数多くの例を挙げて述べつらね、「陰翳(いんえい)」、かげりのある日本の文化をどこまでも「礼讃(らいさん)」、褒めたたえる文章です。

 

本当に私は共感するところが多く、これを読んで以来、電灯をやめ、ロウソクに!……なんてそこまでの勇気はまだない(いつかやる気?)のですが、家の中には、テレビを筆頭に、冷蔵庫、炊飯器、ティファール(!)、洗濯機、ドライヤー、除湿器、ステレオ、パソコン、スマホ等の充電器(充電器の多さ!)、果ては何のコードかわからないものが無為に生えていたりなんかして……嗚呼、なんとまあコードの多いこと!という驚愕の事実にふいに気づかされるたびに氏の嘆きを思い出し、ため息しながら掃除をするのでした。こういうのを「すさまじ(興ざめだ)」というのです。すさんだ我が家。もちろん電気はありがたいです。いつもお世話になっています。はい。

 

「闇」や「ほの暗い部屋」に魅力を感じるという性質は(昔の?)日本人限定なのかどうかわからないのですが、私が好きな部屋は、「やや暗め」です。部屋の電気を消して、ロウソクに近い色の電球をひとつ点ける。ポチ。落ち着く……。

 

私は「暗い」ということをポジティブにとらえます。人間の暗い部分、心の奥深い部分は誰しも暗いもののはず。なのに、なぜか「暗い」ことが「悪いこと」「変なこと」のように思われることがよくあります。大勢の場ではひとは自分の暗い部分を隠しがちです。(私も。これでも。)隠さないひと(隠せないひと)は変なひと、となります。(私だ。隠しきれない。)それは、「社会のルール」というやつなのでしょうか。でも、そうやって決めつけてしまうのはつまらないとも思います。(開き直る。)各人の「暗い」ところに、そのひとの光るものがあるのですから。(正当化。)

 

私は「暗い」こと「悪い」ことが最悪なのではなく、それ以上に「暗い」こと「悪い」ことを他人事として、自分のことでもあることを認めないことが最も罪深いと思います。本当に社会的なひとは、自分の暗い部分を認めることができ、反省することができ、だからこそひとの暗い部分も理解することができ、ひとと心を通わせることができるのだと思います。

 

ひとは、ネガティブな感情にこそ、ひっそりと、そしてより深く共感するものではないでしょうか。

わたしだけかな……うそだうそだ、認めちゃいなよ!

 

                     ぶん・え  あかまつ みさき

                 (文筆家、と名乗ってみたい秋、教員よりは。こくご担当。)

 

 

 

 

ずぶの学校新聞 no.5(2015.9 長月)

      ~哲学カフェ       

「ユートピアとは?」~

 

八月の末、教室でひっそりと開催した哲学カフェ(お菓子を食べながら深く語らう場)では「ユートピアとは?」というお題で、理想の社会、居心地のよい場所について、自分周辺のエピソードとからめて考えました。

 

○『自分の部屋』自分の好きなものが周りにある空間。「本や漫画、ぬいぐるみなどが手の届くところにある幸せ。」


○『誰にも干渉されない世界』「勉強しろ」「就職しろ」と他人に強制されない世界。「高校の時から一人旅が好きで、今までに尾道、金沢、秋田などなどを訪れました。」


○『世界全体がユートピアでないことが、ユートピア』全体が全員にとってのユートピアになることがないから、不満や苦痛を分かち合うことができる集団が生まれる。「きっとずぶに集まれることがユートピアなんです。」


○『文化的な社会』芸術・文化などわかりにくいものに興味を持つ社会。「オリンピックのロゴを作った人を(当初)模倣であるといって批判する風潮があったのが悲しかったです。」


○『寛容で、ひとりひとりが考える社会』数が多いことや、ステータスに惑わされないで自分で考える。「考えていることを怖がられるのはなんでだろう。」

 

こういう話を真剣にできるみなさんが「社会」の宝物だと思います。

 

あなたなら、どう答えますか?

 

(A.                           )

 

 

~自分のユートピアは自分で作る~

 

テニス部の副顧問をしていたとき、ぼんやり考えていました。

 

 

運動部というのは特殊な慣例で成り立っていることが多いですが、その部は、顧問の先生がゆるキャラで(正顧問も?!)、権威的で空疎な慣例は極力排するという方針でした。上下関係もゆるく、私が一番好きだったのは「みんなでコート整備をする」という制度でした。ボール拾いも後輩だけがするのではないところがお気に入りでした。

 

しかし、合理的、効率的がいきすぎて、いろいろなルールがないために「集団」として不安なときも多々ありました。私が一番嫌いだったのは、試合に出ないひとが友達、先輩の応援に来ないことでした。のみならず、休みであるということでした。強制されなければ、どんなに近所でも足を運ばないという意識の低さ。視野の狭さ。最初は、有無を言わさずさせる、というのが体育会の法則かもしれませんが、そういうやり方も私には違うように思われました。で、ただ見ているだけでした……

 

でも、いました。何も言わないでも来てくれる子が。誰にも応援に来てもらえないで試合に出ていたひとたちが、引退してから後輩の応援に来てくれました。私はとても嬉しく、感動しました。強制されずとも自発的に、行動することができる。足を運ぶということは、本当にまごころのこもった行動だ。ふらっと駆けつけられるひとになりたいものだ……じーん。

 

彼らはすてきな友達どうしでした。自分たちが一生懸命打ち込んだテニスに、後輩を含めたこの部活に、愛を持っているんだな……。その楽しげな様子を見て、後輩は確実に試合を観にくるのもいいなと思い始めている!!「僕も来年は後輩ちゃんの応援に来よ!」

 

私は、ここに本当の「自由」というものを見ました。本当の「自由」というのは「好き勝手に楽をする」という消極的なものではなく、「好きで勝手に面倒なことを楽しんでする」という積極的なものなんじゃないだろうか。このひととなら、面倒なことも楽しそうだ、大変なことも乗り越えられそうだという、本気のともだち。ひとりひとりが大切にされることによって、周りを大切に思うことができる。

 

自分のユートピア、自分が居心地のいい社会は、自分で作るものだという意識が、「社会」に対する当事者意識ではないでしょうか。労力をかけ、血、心を通わせて、丹念に、根気強く作っていく。自分の血、心の通っていない場所で、自分の色を出すことができない場所で、ひとは生き生きと生きることはできない。息をしていても殺されているのと同じです。


ただし、ひとりにとってのユートピアは、もうひとりにとってはディストピア(ユートピアの反対)になるかもしれないということをいつも覚えておかなければならない。私の考えるユートピアは、数の少ない、立場の弱いひとりひとりの、もっとも真剣で誠実なひとの、自分の部屋(心)の存在(・・)を認める、思いやる、尊重する、おもしろがる社会です。せっかく自分の色を持ったひとりひとりが、まんべんない「社会」色にすっかり染められてしまうのはもったいないと思うからです。そういう色を持ったひとが大切にされ、自分からドアを開けたくなるような社会、ひとりひとりに愛される全体を創っていけたらいいのだが……

 

……ひらけ、ごま!

 

ぶん・え あかまつ みさき

(高校こくご担当。新学期……学校でもアワユートピア作り!たぶん。)





ずぶの学校新聞 no.4(2015.8月 葉月)

~ひとりの時間、自分と対話~

 

みなさんは、ひとりの時間に何をしていますか。

私は家族や友人、先生、生徒とお話をするのが大好きですが、基本的には、ひとりでいます。ぼんやりしています。学校を卒業したら、自動的にそうなるのでしょう。いや、学校の中にいても、すでにひとりでいられるひともいるかもしれません。

 

 私は、ひとりの時間を楽しめるひと、孤独を愛するひとに魅力を感じます。自分との対話をし続けられるひと。やっぱり一人で何かをする、ということは不安だから。けれども、みんながしていることを同じようにすることが自分にとって正しい答えだとも限らないような気がします。

 

 芸術家の森村泰昌さんは阪神大震災のとき、誰もが被災地に行くべきだと主張する中、あえて「行かない」という選択をしたそうです。また、東日本大震災のときは、2011年の夏にもともと岩手県で個展を開催する予定になっていた。ところが三月に震災が起き、美術展などをやっている場合ではなくなった。誰もが「仕方ない」という風潮の中、断念してしまいそうになる自分に憤り、逆にやるべきではないかと思い立ったそうです。そのお言葉は重く響きます。

 

「みんなで同じ絵を描くなんて、いっぱしの画家がやるべきことではない。それぞれに違った絵を描くから絵はおもしろい。被災地に行くか行かないかではなく、今の世の中の趨勢はどういう方向に流れているかと注意深く観察し、ならば自分はいかなる選択をすべきかと想像をたくましくすることが重要である。百人の芸術家がいたら百種類の表現がある。これは健全です。みんな同じというのは不健全です。」

                                 (森村泰昌氏『美術、応答せよ!』)

 

 私はプロの芸術家ではありませんが、ずぶの芸術家です。みんなそうだと思います。「こどもはみんな芸術家」とおとなはいいますが、本当はおとなだってそのはずです。人間はひとりひとり違うのです。なぜか、どこかで、そのことを忘れたり、面倒くさがったり、あきらめたり、しているだけです。別に、そんなにむきになって、あきらめなくてもいいんじゃないか……? 何かを考えたり、創ったりしながら、自分自身を見つめながら、いつまでも自分の絵を描こう! こどもと一緒になって遊ぼう! へたでも、少しでもなんでも、いつまでも自分の好きなことを忘れないことが、そのひとにとって絶対に正しい。自分が人間であることをがんばって忘れたおとなには、ばかにされるかもしれない。いいのさいいのさ、ほそぼそと、こそこそと続けよう! その生き方は、勇敢で、ほほえましくて、いじらしくて、泣けてきます。

 

 最後まで、自分であることを忘れない、あきらめない。貫く。それが本当の「自立」した人間。

 

 

ぶん・え あかまつ みさき

(すぐあきらめようとする、自問自答の日々。

柔軟すぎて何も決まらない夏休みに。自戒を込めて。)

 

 

 

ずぶの学校新聞  no.3(2015.7月文月)

~目指すべき人物像……ゆるキャラ~

 

 ところで、ビッグな人物とは、どのような人物でしょうか。夢や大志を抱いて、熱く突き進んでいく維新志士のような人物? それもよいでしょう。が、そのひとの隣にいると、少し疲れてしまうかもしれませんね。

 

 私は、このがんじがらめの社会には「ゆるキャラ」的な人間がもっともっと増えるといいと思っています。いなくてもいいのに、いる。いなかったら、なんだか寂しい。とるにたりないけど、愛着がわく。いるだけで周囲のひとたちを癒し(時にいらだたせ?)、いつもころっとそこにいるような。

 

ゆるキャラは、こせこせと周りの空気を読むことなく、何百年も前からその地にいたかのような顔をして、異様に幅を利かせます。それでよしなのです。ひとをにやつかせ、一見ばかにされているようで、実はすっかりその存在(個性)を認めさせてしまっている。相手は、次第にとやかく言ったりすることもむなしくなってくる。しまいには自分の方がばかなのかもしれないなどと謎の不安に襲われはじめる。気がつけば、彼のまわりには何人ものひとが集まっている……特に何をするでもない、ほがらかなひとときが生まれる。
 
 つまりビッグなひととは、人徳のあるひとといえます。柔軟で、ユーモアたっぷりで、深い味わいがある、実はいろいろ考えていて高い理想を持っている、誠実でやさしいひと、いつまでも一緒に話していたくなるような、ふわっとした空間と時間を作り出せるひと。そんなひとがいるのを発見すると、私はとても嬉しくなるのです。そういうひとに私はなりたい。

 さあ! Be ゆるキャラ!!

               

                                                  ぶん・え   あかまつ みさき
        (ずぶの学校校長。大学院生。高校教師。いろんな場所にしれっと「いる」のが得意技。)

 

 

 

 

ずぶの学校新聞  no.2(2015.6月水無月)

~ずぶのなりたち~


 そういえば、こどもの時は、スケジュール帳の使い道が分からなかったけれど、だから、時間が永遠に感じたのだった。仕事があったらそうはいかないとはいえ、現代人はどうしてこんなに前のめりなのだろう。予定がないと不安? 何にもすることが決まっていない時間、ゆっくり考える時間は作らない。極度にひとりを恐れる。先回りの人生設計をして、その通りに事を運ぼうとする。明日誰と出会うか、何が起こるか分からないから、わくわくするのに。びくびくこじんまりまとまって、早々に人生を決めてしまい、あとはありふれたルーチンワークの日々が黙々と続いていく……な-んか、そんなのひまじゃないか!

と思いあまって、ちょっと人生の冒険をしてみたのがこの学校、というわけです。人生の遊び方を探求中。

 

 

~こどもたちに、どんな人間になってほしいですか~


英語を小学校のうちから学ばせることについては賛否両論あり世間は騒いでおりますが、私は国語を担当する者として、ひそかにがんばらねばなと拳を握りしめています。まずは国語だという意見はもっともですが、では国語の力をどういうふうに伸ばしていくのかに関しては話題にならない。興味すら持たれていない。こどもたちに、どういうふうな人間になってほしいのか、ビジョンの模索もない。そんなすぐに効力の期待できないことの議論をしている悠長な時間はない? あれよあれよと何も考えないままに、ただ言うことだけはきくおとなしい、みんなと同じことしかしない、小さな人間がどんどん増えていきます。


小中学校の間に、こくごへの関心が高まっていれば、そのほかのことは大抵、受験勉強ででも、社会に出てからでも、どうにでもカバーできます。なぜなら、思考力があるからです。思考力があれば、放っておいてもいつも自分で物事を見て考えているので、いつか必要だと思ったとき自分から自分のやり方で勉強しだします。英語はやる気次第です。知識は後からでもマスターできますが、思考力や意識がないと、やる気は芽生えません。やる意義を見出し、自分にとって必要だと思う力。目先の欲得ではなく、どうするのが本当にいいのかを考える力。問題点を見つけ出し、どうにかしようとする力。母国語が読めない書けない話せない聴けないこども、人間に対する理解や愛、センスのないこどもは大きくなってから、仕事をするとき、家庭を持ったとき、人間関係を築き、豊かに生きていくうえで、非常に心もとない。魅力もない。


人間は集団の中にいても基本の単位はひとりです。ひとりであっても、自分で判断して、ひとりでに楽しそうに生きていける信念を持ったおとな。そんな代替不可能な人間たちが好きこのんで集まっている社会は愉快だと思いませんか。「コストパフォーマンス」的には代替可能だったとしても、「やっぱり君がいいよ」と言いあえる社会。そのひとりひとりを認める姿勢が、本当の人権の尊重ではないでしょうか。

 

                                                   ぶん・え あかまつ みさき

                  (博士後期課程休学中のこくご教師、臆病な冒険家、ばかにされ上手)

 

 

 

 

 

ずぶの学校新聞  no.1(2015.5月皐月)

~ごあいさつ~


 こんにちは。この度、「ずぶの学校」を開校しました、あかまつみさきと申します。中学校・高校で国語の教師をしております。学校での作文指導を通して、もっとさまざまなひとに文章を楽しく書いてもらいたいと思うようになりました。そして、私の好きな、すでにおもろい町、中崎町にもうひと味のスパイスを!と勝手に思い、こっそりと学校(教室)を開くことを決意しました。


 教育は公の場でだけ行われるものではなく、権威ある人物からの一方的な通達でもなく、いやいや参加させられるゲームでもなく、誰でも、誰にでも、日々教え、教えられるはずのものではないでしょうか。教育がすべての人にとっての小さな、大きな趣味になればいいのに。こどもはおとなとの対話によって、おとなはこどもとの対話によって、互いに学ぶことがあると思います。文章、言葉を通して、一緒に豊かな人間性を培っていけたらいいですね。

 

私は、死ぬまで成長し続けたい。いつでも人間らしい生き方を追求し、実践しようとすることは、ぜいたくな望みなのでしょうか。そうかもしれない。けれども、ひとりひとりが少しでも人間らしい生き方を実践でき、満足のいく人生を送れますよう、最大限の応援をしていきたいと思います。


 無目的で、ユーモアにあふれた空間の創造をめざします。

 

                                                   ぶん ずぶの学校校長 あかまつみさき

                                      え 和(あい)

 

 

~校名・校章の由来~


「他人が笑おうが笑うまいが、自分で自分の歌を歌えばいいんだよ。何でも平気でやるべきだ。」という岡本太郎氏の言葉を受けて、みんなずぶの素人であって、だからこそ何でもやれるのだ!という意気込みを建学の精神としています。ひとは何にでもなれるということで、目指すべきは「ぬえ的な人物」です。それが校章の由来です。ぬえは、『平家物語』に登場するもののけ。頭は猿、手足は虎、胴体は狸、しっぽは蛇で、鳴き声はぬえ(トラツグミ。「ヒ~ヒョ~」と鳴く)に似ている。転じて、正体不明で不穏な人物、あいまいな態度を指したりします。普通はあまり良い意味では使いませんが、ここでは、何をしでかすか分からない、とらえどころのない、ビッグでおもろい人間になろう!という希望を込めています。


 

~校訓・ずぶの三箇条~


一、熱いハート、遊び心、学び心!

二、ゆるキャラになりきる!

三、自分の言葉を持つ!