「生」の美しさ

「生」の美しさ  ~坂口安吾「文学のふるさと」を読んで

 

私は「文学のふるさと」を読み直して、教科書には載っていなかった「芥川龍之介と農民作家」の話に驚きました。農民は自分が生きるために子を殺したという事実を芥川に突きつけ、「あんたは悪いことだと思うかね」と尋ねたのです。芥川は何とも答えることができませんでした。モラルを超えた事実に突きはなされたためでした。私も同様に突きはなされる一方で、むしろ私の「生」よりも、より現実めいていて、それが本物の「生」である気がしてきたのです。ふと思うときがあるのです。あまりにも「死」から遠すぎてふわふわしている私に、「今生きているの?」と。「死」は受け入れがたいものです。人間は弱いから。そのため、人間の逃げ場として文学が存在するのでしょう。この中にある世界観を信じることで、人間が「ふるさと」を受け入れられるように。私にとって「ふるさと」とは「死」だと思います。「死」という「ふるさと」はまさにアモラル、幸とも不幸とも言い切れない。この「ふるさと」を自ら受け入れたひとは、一瞬たりとも逃さずに「生」を謳歌しているように見えます。私はその「生」に美しさを感じるのです。

 

 

 

おすすめブック紹介文(ずぶの学校新聞11月号所収)

紹介する本:西 加奈子『きりこについて』

 

わたしはきりこ

                                                ペンネーム 宇希さん


 私はあまり自分が好きではありません。まず人見知りな所が嫌いです。それにも関わらず人一倍自意識過剰で自己顕示欲が強い所も嫌いです。そしてこんな訳の分からない矛盾を抱えた自分も大嫌いで、いつもうんざりしています。
 けれど自分が嫌なのは私だけではないはずです。程度の差こそあれ、人は皆自分に嫌いな所があって、そのせいで小さくなって、くさくさする心があると思います。そんな心に強いメッセージを届けてくれる小説が『きりこについて』です。
 この話はすごくぶすな少女・きりこが個性豊かな登場人物と共に成長していく様子を描いているのですが、読み進める内に私は思うようになりました。「あぁ。私もきりこだ。」と。
きりこは容姿というどうしようもない問題を抱えています。そして最初に書いた様に、私は私なりのどうしようもない問題を抱えているし、もちろん皆も…。誰だって形は違えどきりこなんです。
「ぶすの、きりこ。
きりこの、すべてが、きりこなのだ!
そして私は、そんなきりこを、愛したのだ!」
作中できりこに送られたこの言葉にきりこと共に私も救われるのです。
「こんなダメなあなただけど、あなたはあなたのままでいいんだ。あなたはあなたのままがいいんだ。」
そう言ってもらった様な気がしてくるのです。
 更にすごいのは、こんな深いメッセージがこめられていながらもとにかく笑える所です。
それも狙った感じの笑いではなく、独特なテンポ感だけれど、心地よい音楽が流れる様な上質な笑いなんです。個人的にはきりこがいかにぶすであるか熱弁する箇所は何度読んでも笑えます。何も知らずにその世界に引き込まれて笑いながら読み進める。すると読み終える頃には感動し涙している。そんな笑いと涙がたっぷりつまった物語なのです。
 この本は特に派手な事件がある訳ではなく、地味な物です。けれど読んだ人を心の一番深い所から幸せにする。そんな素敵な一冊だと思っています。